第29章 《閑話》とあるアイドルプロデューサーの休日
恐れていた事態だった。
まさか、本当に隣のテーブルに彼は落ち着いたのだ。
友達が紅潮した顔で笑みを贈ると、彼は ふんわりと微笑みを返したのだった。
「ぅっ……、」
まるで、心臓発作でも起こしたみたいに 彼女は胸を強く押さえた。
「……っ、」
(な、なによ、女なら全員が貴方みたいなのに弱いと思ってるんでしょ、どうせ。ちょっと綺麗だからって!うん、あぁでも…ちょっと……じゃ、ないんだよなぁ)
私は遠慮がちに彼を見つめた。
烏龍王子について、周りが知っている事。
①いつも、烏龍茶しか飲まない。
②その名の通り、王子様のような見た目をしている。サラサラの金髪は 襟足が少し長く、目は 雨上がりの空のように透き通ったブルー。
③有名クラブを点々と周っているが、決まって1人で来店する。
④服装は、クラブには不似合いなかっちりとしたスーツ。
⑤踊っている姿は、誰も見た事がない。いつもただ、音楽に耳を傾けてステージを見上げているだけ。
こんなところだろうか。
今を輝く乙女達は、彼を一目見られますようにと、期待しつつクラブに通っているという…。
もちろん、ここに例外もいる訳なのだが。
しつこいようだが、私は彼のとばっちりで注目を集めるのはごめんだ。
案の定今も、周りの(主に女性)の視線が痛い…
出来れば今すぐここから駆け出してしまいたい。友達に 席を変えようと言いたいが、彼女はハイテーブルに両肘をついて、隣の男をガン見している。
烏龍王子から離れたい。なんて…私には、絶対に言えない。