第4章 夕虹
俺の住む街から、電車で一駅離れた街で、雅紀さんは独り暮らしをしてる。
モデルみたいに顔が小さくて、すらりとして、カッコいい彼は、父ちゃんと同じ会社で働いてて。
父ちゃんの直属の部下だったというだけで、いろいろ……ほんとにいろいろ助けてくれて。
父ちゃんが死んで残された俺なんかを、かまう理由は全然ないはずなのに、どうしてだろう、とずっと思っていたら、俺が高校生になったある日教えてくれたんだ。
『……俺、君のお父さんが好きだったんだ』
気持ち悪いこといってごめん、と謝る彼を、非難する気持ちなんか微塵もなかった。
むしろ、見ず知らずの俺を助けてくれた理由がやっと分かって、安心したくらいだ。
その気持ちを正直に伝えると、雅紀さんはホッとしたように吐息をついて、少し泣いた。
「……なに、ぼんやりしてるの」
「……ううん。なんでもない」
俺は首を振り、雅紀さんの家のソファに足を抱えて座る。
なんだか今日は、やたらと昔のことが思い出される。
クーラーの効いた部屋が心地いい。
寝てしまいそうだ。
「カフェオレでいい?」
「うん」
大きなモスグリーンのマグカップを二つ持って、雅紀さんが、歩いてきた。
カフェオレでいい?って最近も聞いたな……と、思ったら、つい昨日コンビニで会った松本兄弟だったことを、ふと思い出した。
松本の兄。
無邪気に笑う松本の横で、探るような訝しげな瞳をしていた。
少し……やな感じだった。
なんだか、俺がしてることを見透かしてるような大人の目をしてた。
「はい。熱いよ?」
雅紀さんの声に我にかえる。
「……ありがと」
手渡されたそれは、とてもいい香りをしていた。
猫舌の俺は、ふーふーしてもすぐには飲めないから、両手で持って、香りを楽しむことにする。