第40章 ~槍木祐次郎の場合~
中学校は2年生の季節外れから行くことになった。
勉強遅れの不安があるが、今はとにかくやるしかない。
そう思って制服を着たのに……
「っ」
突如、全身が震え出した。
その一瞬のうちに暴力の瞬間がフラッシュバックする。
「ハァッ…ハァッ…うぅっ」
「祐次郎?」
父はまだ、会社に出ていない時間帯だった。
初日は一緒に行くことになっていたため、父は駆け寄って懸命に俺の背中を撫でてくれる。
「ハァッ…ハァッ…っ違、」
「いいから落ち着け。落ち着いて深呼吸するんだ」
学校へ行こうと思った。
これは虚言じゃない。
気を引きたいとかそういうんじゃない。
いうことを聞いてくれない。
行かなきゃダメなのに、体が、拒絶したように息が上手く吸えなくなる。
「違、母さっ…ごめ」
涙と息苦しさで目の前がぼやぼやになる。
朝ご飯だって普通に食べれた。
なのに行こうと思った瞬間、突然いうことを聞かなくなった。
怒られる。
叩かれる。
怒鳴られる。
叱られる。
「ハァ…ハァ…ッ」
「大丈夫、大丈夫だ。父さんは怒ってない。ゆっくり呼吸をしよう。落ち着いて。
そう…落ち着いて、ゆっくり深く吸ってゆっくり息を吐くんだ」
正面に座って寄り添ってくれる父がいた。
酸素を取り戻すように、空気を吸って息を出す。
落ち着くと冷たい水を口に含んだ。
父は、こんな状態の俺をみて学校に電話してくれた。
「ごめん。父さん…」
「いや、私の気が利かなかったんだ。無理することはない。行きたくなったら来てほしいと学校側も承諾してくれている。
最初のうちは学校に馴染めなくても、保健室で勉強しても良いと先生方も言ってるんだ。焦ることはない」
「うん。俺も、学校行かなきゃって分かってるから」
「………」
これはきっと甘えだ。
これ以上、父を悲しませたくない。
学校に行かなきゃ。
恩返ししなきゃ。
働かなきゃ。
別れた母さんのためにも、これ以上、絶望させたくない。
気持ちは焦ると焦るだけ、暗い沼底にズブズブと堕ちていく気分だった。