第36章 暗雲
「──……さんっ!湊さんっ!!」
「っ」
真っ暗な意識から叩き起こされ、自分はいま何処にいるのか社内を見渡してしまった。
横には切羽詰まった顔をした安村くんがいて、何やら俺の名前を必死に呼んでくれていた。
「湊さん、一旦ミーティングルーム借りましょ。今はとにかくそうした方がイイっす」
「………」
「行きましょ。湊さん」
動けずにいた俺の腕をグッと掴む。
いま自分がどんな顔しているのか分からないが、安村くんがすごい気遣ってくれているのは理解できた。
安村くんが引っ張ってくれなかったらずっとあの場で固まっていて、一歩も前進できなかった。
安村くんにお礼を言わなきゃいけないのに、椅子に座ってもなお声が出なかった。
「あと数分で主任と鹿内さん戻ってくると思うんでそれまで休んでてくださいっす。クーラー付けておきますね」
安村くんは扉を静かに閉めると一人ぼっちの空間で混乱する頭をゆっくり整理していく。
俺へ宛てた個人的な攻撃メール。
俺がゲイだと知っているもしくは主任と一緒にいるのが気に食わなかった宛てつけの可能性だってある。
頭は冴えている。
冷静に考えられる。
「はっ。一回場数踏むと耐性つくんだな……」
長瀬の前で暴言を吐いた橋爪先生のことを思い出した。
アレと似たようなこと。
犯人はこの際誰だっていい。
俺はもうこの会社にいられない。
新しい就職先を探して
逃亡する費用を稼がなきゃならない。
「いっそこのまま逃避しよっかな……はは」
突然、乾いた笑いが零れた。