第5章 ①明治トリップ女子、最強の狙撃手に溺愛される/明治【R15】
言いながら、自分でもおかしいと気づく。
明治の舞台セットと現実の境目が見当たらない。
周囲はどこまでも続く木造の建物。
人力車。
着物姿。
冷たい風が吹く。
「……明治だ」
短く告げられる。
心臓が止まりそうになる。
「明治……?」
「ふざけているのか」
「ふざけてません!」
必死に首を振る。
「私、さっきまで歯科助手で……虫歯の型取りしてて……!」
「しか……?」
尾形の眉がわずかに動く。
「歯の医者です!」
「……部分記憶喪失の…医者か」
値踏みするような視線に変わる。
「なら役に立つかもしれんな」
「え?」
「軍に歯痛で使い物にならん奴がいる」
淡々とした口調。
だが、和栗の腕はまだ離さない。
「お前、行く宛はあるのか」
その一言で、現実が落ちてくる。
ない。
家も、職場も、握りしめているスマホに視線を落としても、圏外。
目の奥が熱くなる。
「……ありません」
消え入るような声しか出なかった。
尾形はしばらく和栗を見つめ、やがて言う。
「なら俺の後ろを歩け」
「え?」
「置いていかれたくなければな」
背を向けて歩き出すと、銃剣を抱えていることに気づいた。
使い込まれたコレも、本物にしか見えない。
数歩進んで、尾形がふと止まる。
「早く来い」
振り向いたその目は冷たいのに、なぜか少しだけ優しい声に感じた。
胸が、どくんと鳴る。
「……はい!」
和栗は小走りで追いかける。
外套を羽織るその背中は大きい。
よく知らない時代で、漫画の中でしか知らない男なのに。
ヤバい奴だってことは知ってるのに、不思議なくらい、安心する。
(どうして……?)
尾形は、歩きながらぼそりと呟く。
「妙な女だ」
だが口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
それが、二人の始まり。