第117章 有馬にて
お土産に炭酸せんべいを包んでもらい、店主に礼を言って外へ出ると、いつの間にか陽が傾き始めていた。
「そろそろ戻るとするか」
「そうですね。暗くなる前に戻りましょう」
町の散策も予想以上に楽しかったが、信長様にはゆっくりと湯に浸かって怪我と日頃の疲れを癒してもらいたい。
「歩き疲れておらんか?」
自然な感じで手を繋ぎ、宿への道を歩いていると、少し歩幅を緩めた信長様が気遣うように聞いてくれる。
「大丈夫ですよ。信長様こそお疲れではございませんか?」
「ふっ、俺を誰だと思っておる。この程度で音を上げるほど柔ではない」
「ですが……無理はなさらないでくださいね」
繋いだ手にそっと力を込めると、信長は一瞬だけ驚いたように眉を動かし、それからくくっと喉で笑った。
「案ずるな。貴様がこうして傍におる限り、傷も疲れも大したものではない」
力強く告げられた言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
夕暮れの空は茜色に染まり始め、遠くの山々の稜線を柔らかく縁取っている。町の軒先には灯りがぽつりぽつりと灯り始めていた。行き交う人々の影もどこかしらゆったりと穏やかで、このひとときが現実から少し切り離されたように感じられた。
「信長様」
「ん?」
「今宵はゆっくり湯に浸かって身体を休めて下さいね」
「それは……承知しかねるな」
「ええっ!?」
「貴様と二人きりの夜だ。休んでなどいられようか」
「なっ…何を…」
言われた言葉の意味を理解して、身の奥がかあっと熱くなる。
繋いでいた手が離れ、代わりに腰をゆるりと引き寄せられる。
「っ…お怪我に障ります、信長様」
「怪我など…とうに治っておる。貴様が案ずることは何もない。俺に身を委ねておればよい」
「もぅ……」