第117章 有馬にて
「んんっ!?」
いきなりの口付けに動揺してしまい、口の中の団子をゴクリと飲み込んだ。
「の、信長様っ…いきなり何を…」
「……口の端に付いていたのを取ってやっただけだ」
「もぅ!びっくりするじゃないですか!ひ、人前で…ダメですよ」
「んー?」
軽く睨んでみせるが、信長は素知らぬ顔をして歩き出す。
慌てて後を追うと、その横顔が僅かに笑みを湛えているように見えて……信長とこんな風に他愛ないやり取りができる幸せを改めて感じたのだった。
さらに歩みを進めると、小さな川が見えてきた。澄んだ水が石の間を縫うように流れ、その脇には足湯が設えられている。何人かの客が静かに腰掛け、湯気に包まれながら語らっていた。
「足湯のようだな。休んで行くか?」
「はいっ!」
信長は他の客に混じって腰を下ろし、そっと足を湯に浸す。じんわりと広がる温もりに思わず小さく息を吐いた。
「どうですか?」
「思っていた以上に…良いな」
珍しく素直な感想を述べる信長に、思わず頬が緩む。
信長はしばらく無言で川の流れを見つめていたが、不意にこちらへ視線を向けた。
「貴様は入らんのか?」
「あ、私は…」
足湯となると、人前で着物の裾をからげて足を晒さねばならない。さすがにそれは人目が気になる…と躊躇っていたのだ。
「せっかくの機会だ。足先だけでも浸してみるといい。心地良いぞ」
抗い難いその言葉とふわりと立ち上る湯気に誘われて、そっと隣に腰を下ろし、躊躇いがちに着物の裾を持ち上げる。
と、その時、信長は懐から取り出した手拭いを広げ、足が露わにならぬようにふわりと覆い隠してくれた。
「あっ…ありがとうございます。信長様」
「ん……」
照れ隠しのような短い返事だが、気遣いの気持ちが伝わってきて心が温まる。ほのかに鉄の匂いのする黄金色の湯へと足先を沈める。熱過ぎず丁度良い湯加減で、しばらく浸かっていると足先から全身へとじんわりと温まっていくようだった。
「身体がぽかぽかしてきますね」
不思議なもので、足先を湯に浸けているだけだが、全身が温まって血行が良くなったのか、じんわりと汗ばんでくる。
ゆったりと景色を楽しみながら気軽に疲れを癒せる足湯の魅力に満足し、なかなか腰を上げられなった。