第117章 有馬にて
『摂津国有馬』
古来より良き湯治場として名高いこの地は、はるか昔、まだ山々に神々が宿り、神と人の世が近しくあった頃より、既に霊験あらたかな地であったと伝えられている。
この地を最初に発見したのは、神代の昔、大已貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)の二柱の神であったと言われている。
この二神が有馬を訪れた時、山深く、白い霧が立ちこめる谷に、傷を負った三羽の鴉(カラス)が舞い降りた。鴉(カラス)たちは、岩の裂け目から湧き出る不思議な湯に身を浸すと、みるみるうちに傷を癒し、再び空へと飛び立っていったという。
この光景を見た里人は「ここには命をよみがえらせる水がある」と驚き、やがてこの地は『霊泉』として知られるようになったという。
なお、温泉の在処を教えてくれたこの三羽のカラスだけが有馬に住むことを許されたと伝えられており、『有馬の三羽からす』と呼ばれている。
二人の神は荒れた土地に湯を整え、傷や病に苦しむ人々を救ったと言われ、これが有馬の湯治場としての始まりと伝えられている。
やがて平安の世になると、都の公家衆も有馬の湯を求めて、こぞってこの地を訪れるようになったのである。
有馬の湯には二つの性質がある。
一つは、鉄分と塩分を多く含み、空気に触れると赤褐色に変わる『金泉』
もう一つは、無色透明で炭酸を含む『銀泉』
まるで大地の深奥から湧き出る『血』と『霊気』のように、異なる性質を持つこの二つの湯が同じ場所で湧き出るーそれが有馬の神秘とされ、多くの人がその効能を求めてこの地を訪れる由縁となっているのである。