第115章 紀州動乱
「えっ…秀吉さん!?」
「お前…何でここに?それにその格好…」
夢中で駆けていたため気が付かなかったが、味方の陣が続いているのだと思っていたところ、いつの間にか明智軍の天幕を抜けていたらしい。慌てて周りを見渡せば、見慣れた永楽銭の旗印がひしめいていた。
「秀吉さんこそ、どうして…?この軍は…」
「光秀からの報せを受け、駆けつけた織田の全軍だ。家康や政宗もいるぞ」
「織田の…っ…じゃあ、戦は勝ったの?の、信長様は…?」
聞きたいことは山程あれど、何から聞いてよいのか分からず言葉に詰まってしまう。
「あぁ、それより御所が…燃えてるのっ…」
「落ち着け、朱里。ここは危険だ。お前は下がってろ」
「でもっ…」
「御館様なら大丈夫だ」
秀吉は確信するかのように、強い口調で言い切るが、燃え盛る御所の方角を不安げに見つめたまま、朱里は唇を噛み締める。胸の奥がざわついて、嫌な予感が離れなかった。
(信長様は御所に…あの炎の中に…?光秀さんも…)
その時、がらからと建物の一部が崩れ落ちる音が聞こえ、不安と恐怖で立ち竦んでしまった。
だが、次の瞬間—
御所の方角から地鳴りのような勝ち鬨が上がった。
「……っ!?」
朱里ははっと顔を上げる。
炎に包まれた空を背に、黒煙の中から現れた影。その先頭に立つ男の姿を捉えた瞬間、胸を締め付けていた不安が一気に解けた。
「信長様……!」
勝利を告げる歓喜の声が響く中、織田軍の兵達が道を開くように左右に分かれ、信長はその中心を悠然と進んで来る。
炎をものともせず歩み出てきたその姿は、まるで戦場そのものを従えている絶対王者のようだった。
衣の端は焼け焦げ、血に濡れている。それでもその瞳には揺らぎ一つなく、むしろ獲物を仕留めた獣のような鋭さが宿っていた。
「あぁっ…」
朱里の口から、絞り出すような安堵の声が溢れる。緊張の糸が切れたのか、全身の力が抜けてしまい、へなへなとその場に膝を着いていた。
その時、信長の視線がふとこちらへ向けられる。
瞬間、酷く驚いたような深紅の瞳と目が合った。
「朱里っ!」
名を呼ばれ、心臓が跳ねる。気が付けば、逞しい腕に強く抱き締められていた。
「あっ…信長さまっ…」