第115章 紀州動乱
まるで山が崩れ落ちてくるような剣圧だった。まともに受け続ければ腕が先に壊れる。だが、風のような速さで繰り出される剣撃を避け続けるのにも限界があった。
元就は思い切り足を踏み込み、刀を弾き返して距離を取る。
ギンッ!!
鋼が弾け、二人の間に一瞬の空白が生まれた。ビリビリとした緊張感の中で互いの隙を窺うように睨み合う。
「相変わらずだな、信長。化け物め」
「貴様もしぶといな、元就」
互いに言葉を交わしながら斬り込む隙を見定めていたその時、
わあぁぁ!!
再び大きな喚声が上がり、兵達の怒号と足音が地鳴りのように流れ込んできた。
元就の部下が転がるように走り込んできて、引き攣った声で叫ぶ。
「も、申し上げます!お、織田の全軍が御所内へ突入しました!」
元就の目が険しくなる。
「京へ全軍で入ったのか」
「非常事態だ。全ては主上をお救いするため。文句は言わせん」
どこまでも太々しい信長に元就は呆れたように小さく笑いを溢す。
「くくっ…なるほど…なら、時間稼ぎは失敗か」
だが、その目はまるで笑っていなかった。
信長の眉が僅かに動く。警戒するように元就の周囲にさり気なく視線を光らせる。
「……何を企んでいる」
元就は構えを解いてゆっくりと刀を肩に担いだ。これ以上戦う気はないとでも言うような、敢えて隙を見せるかのごとき元就の様子にも信長は警戒の色を隠さなかった。
「既に帝は退位した。ここで俺がお前と決着をつけなくても、この詔が世に出れば日ノ本中が大義を失ったお前の敵に回る。楽しい乱世の再来だ」
「退位の詔だと…?」
元就は肩に担いだ刀をくるりと回し、刃先を地面へ向けて突き立てた。つい先程まで激しく火花を散らしていた剣戟が嘘のように、まるで縁側で世間話でもするかのような気楽さだった。
「そうだ。帝が自ら書いた詔だ」
そう言うと、懐から巻物を取り出してみせる。
「帝はこの世の頂点だ?笑わせんな。何百年も前から、武士どもが勝手に天下取ってきたんだろうが」
信長は無言で元就を見据える。
「だったら最初からいらねえだろ、そんなもん」
「……」
「神でもねえ、力もねえ、ただ座ってるだけの“頂点”。
そんなもんがあるから、みんなして大義だの名分だのに縛られる。そんなんじゃ、身分や出自に左右されない生き方なんて出来っこねぇだろ」
