第110章 魔王の霍乱

「流行り病だと？」

丸一日休み、すっかり回復した信長は、高熱があった素振りなど微塵も見せず政務に復帰していた。
秀吉から休んでいた間の報告を受けていた信長は、領地の村の一つからの報告に表情を険しくする。

「今の時期は厳しい寒さや食料不足もあり、例年体調を崩す者も多いのですが今年は些か様子が違うようです。病の広がりが早く、幼い子供や年老いた者の中には命を落とす者も少なくないようで…更にはこの村だけではなく他の村々からも同様の報告が多数来ております」

秀吉もまた険しい表情で別の報告書を信長に手渡す。

「その病とはどのような症状なのだ？」

「高熱、喉の痛み、咳…と一見すると風邪のような症状ですが感染力が非常に強く、一たび患者が出れば次はその家の家族全員に感染り、その次は接触のあった隣の家へ…といった風に、見る見るうちに村全体に広まってしまったようです」

「亡くなる者が多いということは、普通の風邪より症状も重いということか？」

「そのようですね。薬は高価で民百姓が容易に手に入れられるものではありませんし、おいそれと医者にもかかれない者が多いのが現実です。治療といっても身体を休めるぐらいが関の山でしょう」

「治るまで大人しく寝ていろ、というわけにもいかんしな。民百姓は働かねば食ってはいけぬ。大人も子供もな。秀吉、早急に米などの物資の手配を致せ。病の広がる村々には臨時の救護所を作り、症状の重い者の治療に当たらせよ」

「はっ、早急に対処致します」

「それと、視察の日程を立てよ。村の様子、直に確かめる」

当然のように最後に付け加えられた信長の一言に、秀吉は驚きで目を見開いた。

「なりません、御館様！感染力が非常に強い病だと申し上げましたでしょう？御館様に万が一のことがあっては一大事。視察は絶対にダメです！」

「このような報告書だけでは実情が分からぬ。己の目と耳で直に見聞きするものに優るものはない。貴様もそれは理解しておろう？」

「そ、それは…そうですが…し、しかし御館様は病み上がりではございませんか！熱が下がったとはいえ、それこそ充分に休まれたとは言い難く…」

「あれぐらいの熱で弱る俺ではない。甘く見るな」

「し、しかし…」

「猿っ！」

それ以上の反論は許さぬとばかりにギロリと鋭く睨まれてしまっては、秀吉は口を噤むほかなかったのだった。