第110章 魔王の霍乱
「っ…はぁ…はぁ…」
整わぬ息を吐く朱里の傍で信長は涼しい顔で身支度を整えていた。
汗を拭いた身はさっぱりとして心地良く、朱里が用意してくれていた新しい着物に袖を通すと身が引き締まる思いがした。
「貴様のおかげでさっぱりした。礼を言う」
「うぅ…もうすっかりお元気みたいで…何よりです」
「くくっ…だから最初からそう言っておっただろう?貴様は心配し過ぎなのだ。たかが熱ごときでこの俺がどうにかなるわけがなかろう?」
しれっと言い放つ信長は、熱のせいで頼りなげな姿を見せていたのが嘘のようにいつもの通り自信に満ち溢れている。
(お元気になられたのは嬉しいけど…熱がある信長様は頼りなげでちょっと可愛かったな…なんて、そんな風に思うのは不謹慎かしら…)
「朱里」
「あっ、は、はい!っ…ンッ!」
精悍な姿の信長様にうっとりと見惚れていると、いきなり顎を掬われて唇を塞がれてしまった。ちゅうっ、と思いがけず強く吸われて上手く息が出来ずに頭がくらくらした。
「んっ…あ、ふっ…んっ…」
(やっ…変な声出ちゃっ…息、苦しっ…)
濃厚な口付けに蕩けさせられて、くったりと力が抜けてしまいそうになる直前、唇を重ねたまま涼しげに目元を細める信長と目が合った。
「っ、んっ!?」
ちゅっと音を立てて唇が離れると、信長は口の端を悪戯っぽく持ち上げて笑う。その近過ぎる距離に淡く頬を染める朱里の髪を一筋掬い取ると、見せつけるように髪先にゆったり唇を寄せるのだった。
「ふっ…愛らしいな貴様は。口付け一つでそのように蕩けた顔をされては離れ辛くなるな。今宵は早く戻るとしよう」
「は、はい。い、いってらっしゃいませ…」
本調子を取り戻した信長にすっかり翻弄されてしまい、頬をするりと撫でていく大きな手にも放心状態ですぐに反応できなかった。
気が付けば信長の姿は既になかったが、朱里はいつまでもその場から動けなかった。