第8章 追憶の炎、消えぬ黄昏
現在二十歳の杏寿郎。すなわち星乃よりも二つ年齢が若いわけだが、それを感じさせない頼もしさとゆとりがある。
星乃の脳裏に、ぼんやりと赤ん坊の頃の杏寿郎の姿が浮かんだ。
杏寿郎が生まれてすぐ、祝いに出向くという林道に連れられ煉獄家に赴いた。
瑠火の隣ですやすや寝息をたてていた赤ん坊の杏寿郎。
そっと近寄り、小さな拳を人差し指でちょんと触ると、きゅっと握り返した杏寿郎を幼心にも愛おしく思った。
( ···色々と教えてあげてねとおばさまは私に言ったけど、私のほうが杏寿郎からたくさんのことを学んでいるわ )
傘の骨先にとどまる雨が雫を作り、ぽつんと脚もとに落ちてゆく瞬間を見た。
瑠火との別れに、声も上げず涙を流した杏寿郎の一粒のそれに似ていた。
周囲に気づかれないようすぐに拭うと、その腕で弟の千寿郎を抱きしめ、励まし、誰より気丈に振る舞っていた。
「名残惜しいが俺はそろそろ行くとする! この通り今日は天候が思わしくないからな。星乃も道のりには十分に注意してくれ。それから、竹細工職人にもよろしく伝えてほしい」
ええ、と微笑んで、頷く。
翻る炎の外套が雨に濡れ、ふと、杏寿郎の背中が霞んで見えたような気がしてハッとした。
雨のせい···?
ざわりとみぞおちを泳いだ得体の知れぬ胸騒ぎに、星乃は杏寿郎の外套を咄嗟に掴んで引っ張っていた。
「? どうした」
「あ···っ、ううん、ごめんね。なんとなく」
「はは、なんだおかしなやつだな」
「···杏寿郎、また、会えるよね?」
とすとす。ぱたぱた。雨音が傘の上で踊り出す。
杏寿郎の持つ傘は、星乃の緋色よりももっとこっくりとした深い赤。
「心配はいらない。任務を済ませ帰ったら手紙を送ろう。······それと、また、星乃を食事に誘っても構わないだろうか」
「そ、そうね···っ、もちろんよ、楽しみにしてるわ」
「不死川の誕生日を皆で祝ってやるのも悪くないな!」
「わ、それ楽しそう」
「ああ見えてヤツは涙脆いところがあると聞く! 案外泣いて喜ぶやもしれん!」
「ふふ。それじゃあ、私はさっそく贈り物を調達してこなきゃね」
「うむ!」