第8章 追憶の炎、消えぬ黄昏
雨は相変わらずだった。
けっきょく杏寿郎はいももちを十 (とお) 買い、厨房から顔を覗かせた洋食屋の店主を大いに讃え満足げに店を出た。
歩きはじめてすぐ、杏寿郎との別れの道に辿り着く。
「杏寿郎、今日はありがとう。なんだか昔に戻ったみたいでとっても楽しい時間だったわ」
「うむ! 俺もだ! 偶然の巡り合わせに感謝せねばな!」
「ふふ、そうね。あ、それから、竹細工の職人さんのこともお礼を言わせて。私一人じゃ決めかねていたから本当に助かっちゃった。ありがとう」
「···やはり、不死川は幸せ者だな」
「え?」
「いや、なんでもないさ。そうだ星乃、少しいいか」
そう聞くと、杏寿郎は返事を待たずに星乃との距離を縮めた。
同時に、傘の下から伸びた手が星乃の顔に影を作る。
「きょ、っ、杏寿郎···!?」
「ふむ···。どうやらあの時のひたいの傷は綺麗に消えてくれたようだな」
ひたいに優しく触れた手は不意打ちで、星乃は思わず赤面した。
熊に襲われた際にできた傷は、前髪の生え際辺り。流血はしたが運よく掠めた程度で済んだ。
数年は残っていた傷痕も、今ではすっかり消えている。生涯残るかもしれないと言った医者の言葉を、杏寿郎は覚えてくれていたようだった。
「わ、私もね、忘れかけていたくらいずいぶん前に綺麗に完治したのよ」
「そうか。ならば安心した。もしもこの傷が星乃に残るようなことがあれば、俺が星乃を嫁に貰うと決めていたんだ」
「よ···っ? て、なにを言ってるの杏寿郎は···っ」
「わはは!」
「もう、からかうのはやめて」
「なに、からかってなどいないさ。俺は真面目にそう思っていたのだからな」
杏寿郎がくれる言葉は、どんなときも真っ直ぐだ。
そのどれもが嘘偽りのない心からの言葉であると理解するには、十分なほど。
なんと答えたら良いのかわからず、星乃はうつむき加減で「···ありがとう」とだけ返した。
それが、精一杯だった。