第8章 追憶の炎、消えぬ黄昏
杏寿郎の拳が、ぐっと強く握られる。
「星乃と久方ぶりに話をすることが叶い思った。君はなにも変わらない。たおやかな佇まいも、柔らかな言葉も、鍛練を重ね続けているだろうと見てとれる体躯も。全てが君が優しくひたむきであることを証明している」
「や、やだ···。私はそんな立派なものじゃ」
「星乃、君は素晴らしい人間だ。俺がそう道破する。もっと、己を誇れ」
涙が零れ落ちそうになるのを、ぐっとこらえた。
自分を称賛することは容易くなくとも、杏寿郎の言葉が空世辞などではないこと、それだけは信頼できる。
胸の奥が、燃えるように熱い。
「それに、不死川の言うそれは、そういう意味ではないと思うぞ」
「どういうこと···?」
「···むう!」
それとなく助言してもわからぬものか。と、杏寿郎は言下に頭を抱えたくなった。
どうやら星乃は少々色恋事に疎いらしい。
不死川が哀れだ。
「私、実弥になにかおかしなことでも言ってしまったかしら···?」
「これ以上は俺からはなんとも言えん!」
「ええ? なあにそれ? なにか知っているなら意地悪しないで教えて杏寿郎」
「むうう、よもやよもや······ふむ! いももちでも食べるとしよう! すまんが注文を頼む!」
「えっ、まだ食べるの···っ」
「はい、お決まりでございましょうか?」
「うむ! いももちのおかわりを願いたい! ここのいももちは絶品だな! 気に入った! 手土産としても持ち帰りたいのだが!」
「ありがとうございます。承っておりますよ。どれ程にいたしましょう」
唇を尖らせた星乃をよそに、杏寿郎はウエイトレスと話込んでしまった。
もう、誤魔化したわね。
眉間に皺を寄せながら、しかたなく星乃も再度フルーツポンチに手をつける。
先ほど食べ損ねてしまった待望のいちごをぱくりと一口で頬張ると、濃厚な甘味と程よい酸味が舌を伝って広がった。
「···おいしい」
思わず感嘆の吐息が漏れる。
いももちのように持ち帰りが出来ればぜひそうしたいところだ。けれどさすがにフルーツポンチは無理だろう。そんなことを考えているうちに、意味深長だった杏寿郎の言葉もいつの間にかいちごの甘酸っぱさに溶けてしまっていた。