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はごろも折々、蝉時雨 ( 鬼滅*風夢 )

第8章 追憶の炎、消えぬ黄昏



 凍えるほど寒い夜が明けた早朝。雪を背負った細い身体と、不規則になる呼吸。

 いつか、食べきれないほどのいちごを頬張ろう。

 そう文乃と約束していたことを想う。






 『それが本当に、私の幸せだとでも言うの。





   ───姉様』







「星乃」



 ぼんぼりに灯る明かりような、杏寿郎の暖かな声音に引き寄せられる。杏寿郎の容姿は父の槇寿郎に瓜二つだが、力強くも澄んだ眼差しは、どこか瑠火をも想起させた。



「覚えているだろうか······昔、まだ六つか七つの頃、父上達と山菜採りに山へ出かけただろう」

「六頭山ね。懐かしい。よくきのこを取りに行ったりたけのこを掘りに行ったりもしていたわよね。···けど、」

「ああ。あの日、山菜採りに夢中になっている間 (ま) に俺達は父上の姿を見失い、山中をさ迷っているなか、不運にも大熊に遭遇してしまった」



 それは、幼い頃に山で起きた出来事だった。

 遭難したこと自体はさほど問題ではなかった。

 六頭山は幾度となく登った山だったし、二人は既に身体能力向上の鍛練もはじめていたので、その学びと勘を頼りに必ず下山できると信じ気を強く持っていた。しかし、熊との遭遇は想定外だった。武器も持たない幼子のやれることなどたかが知れている。

 二人は逃げた。年上の星乃が杏寿郎の手を引き力の限りで山道を駆けた。

 鋭い爪が何度も二人の着物を掠めた。



「あの時、星乃は俺を守って頭に傷を作っただろう」

「ふふ···そうだったわね。上手に避けきれなくて」

「む、笑い事ではないぞ。俺は生きた心地がしなかったのだからな。あのときはどうにか逃げ切れたものの、足に大怪我を負い歩くこともままならぬ状態となってしまった俺を、星乃がおぶって山を下ってくれたろう」



 不覚にも、その後に知ったんだ。と、杏寿郎は胸もとで組んだ腕をほどきテーブルの上で拳を作った。



「星乃も足の骨をやられていたのだと」

「夢中だったから、杏寿郎をおぶっていたときの痛みは本当に覚えてないの」

「俺が強さというものを渇望したのは、あれが初めてだったように思う。星乃が俺を守ってくれたように、俺も誰かを守れる存在でありたいと。そのために、心を燃やせと」


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