第8章 追憶の炎、消えぬ黄昏
当然のごとくそう言うと、杏寿郎は濁りない双眸で星乃を見た。煉獄杏寿郎は、そういう人間である。誰にでも、どんなものにでも、こうして真摯に向き合おうとする器量の大きさを持ち併せている。
「私、姉弟子として、なんだかすごく情けなくなってしまって」
詳しい事情は話せなかった。実弥の過去はもちろんのこと、玄弥という弟がいることも、その玄弥が鬼殺隊にいることも。とはいえ実弥と杏寿郎は同じ柱だ。ひょっとしたら柱同士通じている事情もあるかもしれないが、杏寿郎の口からそれが語られることもなかった。
「ひとつ聞くが星乃、君の良さはどこだと考える?」
「え···? それは、取り柄って···こと?」
「そうだ」
うーん···と心のなかで長く唸る。
幼い頃から、自己を主張することは得意ではなかった。
例えば、初対面で名を名乗る。ついでに年齢を教えるくらいはするだろう。かといって、自分にはこのような取り柄がありますと積極的に話す機会もそうそうなく、ましてや改まって聞かれるようなこともない。
延いては逡巡し、即答はできなかった。
友や家族から褒めてもらえることはあっても、自ら胸を張って差し出せるようなものは思い浮かばない。
「傲慢は恥ずべきことだが、星乃はもっと、己を誇るべきだ」
ドキリとした。思っていたことが的中し、身が縮む思いがする。
思わず伏せてしまったまぶたに不自然さを悟られぬよう、フルーツポンチを掬う仕草で誤魔化してはみたものの。杏寿郎は鋭いから、やっぱり変に思われたかもしれない。
落ちた視線の先にある、色とりどりの果物と雨色に似た寒天。
妹の文乃が生きていてこれを見たら、なんと言っただろう。
そんなことを考えてしまうのは、文乃のことを想わない日など一日もないから。
これは、文乃が生きていた頃にはまだ知らなかった食べ物だ。
杏寿郎は知らない。星乃には拭い切れない過去があることを。
実弥も知らない。カナエにも話せなかった。
けれど、ただ一人、知っていた人間がいる。
匡近だ。