第8章 追憶の炎、消えぬ黄昏
『俺は、てめぇの弟じゃねェ』
ふと実弥の言葉が過り、飲み込んだキウイフルーツが胸を衝く。
あの日から実弥に会わぬまま、幾日か経過していた。
元来頻繁に顔を合わせられるわけではなく、多忙故にしばらく交流が途絶えることも珍しくないため気を揉むほどではないのだが、実のところ、今日も町へ買い物へ出るか実弥に稽古をつけてもらいに行くか迷った末、買い物を選んだ。
いつまでも実弥に甘えてばかりいるようでは、姉弟子として見られないのも当然だ。
星乃は自分の非力さを恥じていた。
慢心ではなく、不撓不屈の、杏寿郎のような強さに憧れる。
暗闇に射す、煌々たる光明のような。
自分もそうであれたらと。
「どうかしたのか星乃」
「─っ」
掬い上げたいちごがデザートカップのなかへぽとりと落ちた。
いちごは星乃が一番に楽しみにしていた果物だ。あとわずかに逸れていたら床に転がり落ちていたと思うと、間一髪、無事で済んだ安堵感が一息にやってきて、星乃の心拍数は過度に上昇した。
「気分が優れないようなら言ってくれ」
「う、ううん、大丈夫。元気よ」
「なら良いが···何か悩み事があるのなら相談に乗ろう」
杏寿郎が気遣わしげな顔をする。
デザートカップに視線を落とし、星乃は横たわったいちごを眺めた。
杏寿郎のような揺るぎのない強さには、憧れる。
けれど、"もしもそうであれたら"からはなにも生まれないことも理解している。
憧憬の想念を巡らせているだけでは、なにひとつとして変化を望むことはできない。
己自身が、前を見据え努力を積み重ねてゆくしかない。
「ふむ······不死川がそんなことを」
腕を組み、杏寿郎は空になった皿を見つめていた。
星乃の話は点々としたものだったが、杏寿郎はおおよそを悟ってくれたようだった。
ただ、剣技に伸び悩んでいるといった話でもなければ鬼に関連したことでもなく、弟弟子から言われた一言に憂えているなどという相談はいささか申し訳ないような気もしてくる。
「あの、ごめんね杏寿郎。こんな小さなことで」
「なぜ謝る。星乃はそれで気鬱になっているのだろう? ならばいくらでも話せばいい」