第8章 追憶の炎、消えぬ黄昏
「ああ。とある列車に乗り込む予定だ。そこでは短期間のうちに四十人以上が行方不明になっているらしい。数名の剣士を送り込んだが皆消息を断っている」
「そうなの···。心配ね···。十二鬼月の仕業かしら」
「おそらくな。だがそうであれば斬首するのみ! 罪無き人の命を奪うことなどこの嚇き炎刀が許さない!」
ぽう、と、杏寿郎の目玉に炎が宿る。
杏寿郎は、昔から正義感溢れる子供だった。
弱い者いじめを見つければ相手が誰であろうと飛んで行って庇ったし、困っているひとを見かければ必ず優しく手を差し伸べた。
一本筋の通った強い意志は、病気で亡くなった杏寿郎の母、"瑠火"の教えによるものである。
『弱きものを助けることは強く生まれたものの責務です』
幼い頃、杏寿郎と共に聞いたこの言葉を、星乃も心に留めている。
瑠火も星乃の母同様身体が弱く、煉獄家を訪うと大抵病床に伏してした。
表情の起伏が少々乏しく、当時星乃は体調が優れないためだとばかり思っていたが、杏寿郎の話によればそれが瑠火の通常であるらしかった。しかし、挨拶をすると決まってほんのり微笑んでくれる瑠火のことが、星乃は大好きだった。
槇寿郎が剣士を辞めても、杏寿郎は母の教えを胸に鬼殺隊に入ることを諦めなかった。父から受けたこれまでの学びを反復し、炎の呼吸の指南書を読み日々鍛練に励んだ。
己を信じ、努力を惜しまず、心にある炎を絶やすことなく燃やし続けた。
そして柱にまで上りつめた杏寿郎は、今こうして鬼殺隊を支えている。
「本当ね。この辺りならなんとか今日中に行けそうだわ」
地図を受け取りお礼を言う。
食後、先に運ばれてきたのは杏寿郎の頼んだいももちで、一口頬張った杏寿郎の口から「わっしょい!!」が飛び出した。
「ほら! 杏寿郎ってばやっぱり」
「な、なんと、よもやよもやだ」
「ふふふ」
星乃はフルーツポンチを注文した。
テーブルに届いたフルーツポンチは崩すのが惜しいほど美しく、赤や緑、黄色や橙の果物に半透明の寒天が混ざり合うそれは、西洋の宝石のように思えた。
今度、蜜璃ちゃんを誘って来てみよう。
そう思いながら、星乃は硝子製のデザートカップに銀のスプーンを差し込んだ。