第8章 追憶の炎、消えぬ黄昏
「そうか、不死川はもうすぐ誕生日を迎えるのだな! それはめでたい!」
「それで朝から色々見て回っていたの」
「不死川に欲しいものは無いか聞いてみるのはどうだ」
「うーん、やっぱりそのほうがいいかしら···。あまり返事に期待はできないんだけど」
口の端に付いたケチャップを紙布巾で拭いながら、星乃は顔に苦悩の色を覗かせた。
「そういえば、夏の頃か、不死川を山で見かけたことがあったんだが、アレは何をしていたのだろうな。鍛練という雰囲気ではなかったようだが」
「あ、もしかしてかぶとむし」
「カブト?」
内心で、しまった、と慌てた。だが他言無用と念を押されているわけでもないし、ここまできて誤魔化すのもおかしな話なので、星乃は実弥の育てているカブトムシの話を杏寿郎に切り出した。
「なるほど! 道理で今思い出してみても頻りに上の方を気にかけていた印象がある! 不死川はあの日、カブトムシを採取、もしくは山へ放っていたと」
杏寿郎は実弥の趣味に大袈裟に驚くこともなく、ただ素直に納得していた。
ならば、と、杏寿郎は続ける。
「虫籠はどうだろうか!」
「虫籠?」
「うむ、俺も千寿郎への祝いにやったことがある。あれは良いぞ。竹細工の工芸品なのだが見た目も繊細で美しい。良い職人を知っている。興味があれば紹介しよう」
虫籠と聞き、実弥の家にあったものを思い出してみた。
確か、玄関先で見たものは鈍色の鉄格子のようなものだった。
「竹細工の虫籠か···。素敵ね。私も一度見てみたいわ」
「少々値が張るが構わないか」
「今年はちょっと奮発しようかなって思っていたから」
「では地図を書いてやろう。ここからでも然程不自由のない場所にあるから立ち寄ってみてくれ」
懐から紙と木筆を取り出すと、杏寿郎はさらさらと地図を描きはじめた。
「本来なら道案内までしてやりたいところだが、なにぶんそこまでの時間はなくてな、すまない」
「ううん、助かるわ。任務のほうはどう?」
「これといった問題はない。明日は朝からお館様の指示で少々遠出しなくてはならないが」
「なにかあったの?」