第8章 追憶の炎、消えぬ黄昏
互いに見合わせ、二人は顔を綻ばせた。
──満天に瞬く星。
物心ついたときから、杏寿郎は星乃にそんな想いを抱いていた。
星乃は杏寿郎の初恋である。
時にひどく打ちのめされてしまうことがあっても、夜空に散らばる光を見ては「前を向こう」と己を鼓舞し続けてきた。
柱となってすぐのこと、柱合会議で各々の育手が話題にのぼった。そのとき、実弥の育手が元風柱の飛鳥井林道だと知った。
『自分もいっとき世話になったことがあるんだ』
『娘の星乃とは幼い頃の馴染みで』
杏寿郎から実弥に幾つか話を持ちかけてはみたものの、当時実弥はなにかに苛立っていることが多く、気さくとはとても言い難い人格であったため、(杏寿郎が物怖じすることはなかったが) 実弥の口から多くが語られることはなかった。
遠い昔の、淡い恋だ。
そう思っていたはずなのに。
( 星乃の口から不死川の名前が上がったことに、チクリと胸が痛んだのは何故だろう······ )
いやしかし···深く考えるのはやめておこうか···。
思い直し、杏寿郎は上を見た。またいつでも会えるのだから、今は答えなど必要ない。
灰色の空を眺め、明日の夜はどうか星が見えるよう願った。
星乃は衣嚢から地図を取り出した。
贈り物は受け取る立場も嬉しいものだが、良い品に出会えたときの胸ふくらむ気持ちはさながら貰う側と大差ないものだ。
わくわくする思いを胸に、丁寧に描かれた地図を見て微笑む。
杏寿郎は強いもの。だから、絶対に大丈夫。
まぶたを閉ざし、胸に手を当て、『心配はいらない』と言った杏寿郎の言葉をそこに置く。
雨は一日降り続けるだろう。
見上げた先に懸念していた雷雲は見当たらず、星乃は悠然とした気分でくるりと傘を回転させた。