第7章 トラ男とパン女の攻防戦
唇を触れ合わせるだけキスよりも、もっと深いキスがあるのは知っていた。
実際ローとは、付き合う前にもそんなキスをした。
ただ、なんというか、舌を絡みつかせ、互いの口腔をまさぐり合うキスは正直気持ち悪いものだと思っていた。
だってそうだろう。
他人の舌が口の中に侵入し、蠢き回るなんて想像するだけで鳥肌が立つ。
でも、実際はどうだ。
漫画で読むよりも、話で聞くよりも、ローの舌は想像を絶するような動きで口内を暴れ回る。
それなのに、少しも気持ち悪いと感じないのはなぜなのか。
簡単なこと。
ムギがローを好きだから。
答えがわかってしまえば過去の謎を解くのは容易で、恋人でもなく、好きでもないと思っていたローにキスをされて嫌ではなかったのは、つまり、そういうことだ。
少なくとも、ローに“誕生日プレゼント”をあげたあの日には、すでにムギは恋をしていたということで。
「んく、ふ……。」
ムギの舌が、ローの口腔へと攫われた。
己の領域へ獲物を連れ帰ったローの舌が、ゆっくり、じっくりと時間を掛けていたぶり始める。
痛みを感じぬ程度に歯を立てられ、飴を転がすように愛撫をされると、ぞわぞわ震えが走る。
正体不明な震えは下半身に集まって、未知なる感覚を呼び覚ます。
飲み込みきれなかった唾液が唇の端から流れて髪に染みた。
こそばゆさに身じろげば、唾液の流れた筋を追ってローの舌が滑る。
ようやく解放されたと安心したような、それでいて残念なような正反対の感情に悩まされたのも一瞬で、肩を押さえていた手が下方へと動いた。
「ひ…ぁ……、ど、どこ触ってんですか……!」
「どこって、胸に決まってんだろう。」
耳もとで至極当然に答えてくれるけれど、そういう意味ではない。
ローの手がたどり着いた先には、大きくも小さくもない膨らみが二つ。
「くち、開けたら、なにもしないって言った……!」
「言ってねェよ、そんなこと。ヤラねェと言っただけだ。」
どっちも同じような意味じゃないか、という叫びはかろうじて飲み込んだ。
叫んでしまったら最後、詰むと思ったから。
これぞ、危険予知。