第7章 トラ男とパン女の攻防戦
真一文字に引き結んだ唇を、熱い舌がぺろりとなぞった。
中に入りたそうな舌を無視して、ムギは奥歯を噛みしめた。
「……口、開けよ。」
焦れたローが言葉で指示しても、顔を真っ赤にしたムギは無言で首を左右に振る。
「可愛くねェやつだな。……いいのか? 言うことを聞かねェと、このままヤッちまうが。」
「ヤッ……!?」
どう噛み砕いても脅迫にしか聞こえないセリフに愕然とするが、唇を離した本人は愉しそうに笑うだけ。
「どうする? 俺は別に、どっちでもいい。」
「……ッ」
裏を返せば、口さえ開けば手を出さないということだ。
正直、そういうことに興味がないわけではないけれど、一線を越えるのはまだ怖い。
少し迷った挙句、ムギは羞恥に塗れながら口を開けた。
「……いい子だ。」
決して大きく開けたわけではない唇の隙間から、ぬるついた長い舌が入ってくる。
無理やりに押し入られるのと、自ら迎え入れるのとでは意味がまったく違う。
合意のキスは、熱く、優しく、そして長い。
ざらついた舌が口蓋を舐め上げ、歯列の裏側をなぞる。
ぞわりと走る震えは恐怖や悪寒の類ではなく、むしろ真逆な意味を持つ。
「ん、は……ッ」
以前のように、噛みつく勢いはない。
その代わり、ねっとりと絡みつく舌はしつこくて、何度も何度もムギの舌を吸い上げた。
「しっかり息をしろ……。そんなんじゃ、続かねェぞ……。」
上唇を食みながらそんな指摘をされ、無意識に息を殺していたムギは夢中になって酸素を吸った。
上手な鼻呼吸を覚えたところで、また口づけは深くなり、絡みついた舌がムギの舌を根元から扱く。
重力によって流れ落ちてくるローの唾液を躊躇いなく飲み下し、反対にムギのものを啜られる。
少女漫画のキスはいつだって、こんなにもいやらしいものじゃなかった。
触れ合わせ、頬を染め、互いにはにかむような純粋なキスは、ローとの間に存在しなかった。