第7章 トラ男とパン女の攻防戦
空いたローの片手が、ムギの頬をつぅっと撫でた。
「……すっぴん、だな。」
「え? ああ、そりゃ……。シャワー浴びましたもん。」
もとから、あまり化粧はしていない。
理由は落とすのが面倒くさいから。
ムギは色素が薄いので、ファンデーションを落とした肌はいつもより白く、地眉毛も薄いので普段より子供っぽい印象になる。
すっぴんを見られても恥ずかしいという概念はあまりないが、こんなに間近で観察されたくもない。
「あ、えっと、やっぱり寝よう……かな?」
「どうした、急に。さっきまでの勢いはどこへ行った?」
「いやぁ、ちょっと、ほら。急に眠気が……。」
そうでも言わないと、なんだか危険な気がするのだ。
しかし、一度目覚めてしまった猛獣は、ムギの必死な予防線を軽々と超え、獰猛な目つきで舌なめずりをしてくる。
「もっと勉強してェんだろ? 遠慮すんなよ。」
「ローこそ、さっきと言ってることが違……、ねえ、近いんですけど!」
徐々に近づいてきたローの顔は、いつの間にか拳ひとつ分の距離にある。
吐息が頬にかかりそうな距離に肌が粟立ち、足で床を蹴って後退しようとした。
けれども、猛獣の爪からは逃げられない。
「バカか? わざと近づいてんだよ。」
「わかってますよ!」
これを偶然だと思うほど、ムギだって鈍くはない。
鈍くはないから、焦っているのに。
「わかってんなら、話は早ェな。」
にやりとローが口角を上げたのは一瞬で、形の良い唇はすぐにムギの視界から消える。
残り僅かだった距離を詰め、ムギの唇に覆い被さってきたから。
「ん……ッ」
温かな唇が、ムギの唇を塞ぐ。
人生四度目のキスは、恋人とするキス。
四度目なのに、初めて恋人と。
けれど、それ以前のキスの相手も変わらず同じ人だという事実がなんともおかしく、そしてまったく慣れなかった。