第7章 トラ男とパン女の攻防戦
生まれてこの方、彼氏がいた例がない。
だから、世間一般の彼氏様が恋人である彼女にどのように接し、尽くすのかはよく知らない。
でもきっと、ドライヤーとブラシを手に、彼女の髪を丁寧に梳かし乾かす彼氏は世間一般の類から外れているだろう。
少なくともムギは、「彼氏に髪を乾かしてもらっちゃった~」なんて惚気を聞いたことがなかった。
「楽しいですか、それ。」
「楽しいか楽しくないかを選ぶなら、まあ、楽しいな。」
「へえ……。」
温かい風を当てながら、丁寧に髪を梳く。
出掛けるわけでもないのに、寝てしまえばぐしゃぐしゃになるのに、そんなに丁寧に整える必要があるのか。
「わたしはわりと、苦行です。」
「……可愛くねェな。」
可愛くなくて結構だ。
正式な交際に発展しても、ムギに可愛い女の子がするような言動を期待しないでほしい。
「もう、いいんじゃないですか?」
「まだだ。まだ、内側が湿ってる。」
「余熱で乾きますよ。それとも、濡れてる髪が許せない性癖でもあるんですか?」
「お前……、俺のことをなんだと思ってやがる。」
とりあえず、世話焼き魔人だと思っている。
実の父や母にだって、ここまでの世話を焼かれた記憶はない。
「せっかく綺麗な髪をしてんだ、手入れくらいしっかりやれ。」
「……!」
髪が綺麗とか、言われたことはない。
柔らかく癖がつきやすい髪は、むしろコンプレックスのひとつなのに。
これだから、天然女たらしは困る。
意識した途端、時折うなじに触れるローの指や、柔らかさを確かめるように滑る手の動きが堪らなく恥ずかしくなって、前髪で顔を隠しながら俯いた。
真剣に髪を梳かすローに、頬の赤みが気づかれませんように。