第7章 トラ男とパン女の攻防戦
今夜、泊まるらしい。
ローが。
今夜、泊まるらしい。
彼氏が。
待て、待て待て。
大丈夫、落ち着け、と心の中で何度も唱えながら平静を保った。
ローは極度の世話焼きさんだから、夜通し勉強を見てくれるつもりなのだろう。
そうだ、そうに決まっている。
「あ、あのー……、泊まりはほら、おうちの方が心配するんじゃないですか?」
「気にするな。コラさんは……、ああ、親戚だが、今夜は戻らない。」
な ん て こ っ た !
コラさんめ、誰だか知らないけれどコラさんめ!
夜はちゃんと帰らないと、お宅のイケメンさんが我が家に泊まってしまうぞ。
「どうした? 勉強の続きをするんじゃねェのか?」
「あ、はい。しますします。」
消えよ、雑念。
ローはただ、夜通し勉強を見てくれるだけ。
少しでも妙な方向へ意識を飛ばしてしまった自分が恥ずかしくて、勢いよく首を左右に振った。
「……おい、水が飛んだぞ。お前、犬じゃねェんだから頭くらいちゃんと拭いてこい。」
「あ、はい。ごめんなさい。」
よくしてしまいがちな自然乾燥。
髪にも悪いし、翌日の寝癖がひどいことになる。
素直に洗面所に戻ってドライヤーを取り出すと、大きな鏡が自分じゃない誰かの姿を映した。
「……どうしたんですか?」
自分じゃない誰か。
すなわちローが洗面所までついてきた。
「どうもしねェよ。」
「そう、ですか。」
どうもしないのなら、ついてこないでほしい。
じっと見つめる視線が強すぎてなにも言えず、ドライヤーのプラグをさした。
温かな風が小麦色の髪を靡かせ、残った水気を奪っていく。
安物のドライヤーは風力が弱く、髪が乾くまで時間が掛かる。
ローに見られながら髪を乾かすとか、どんな状況だ。
ケチって安物を購入したことを、今になって後悔した。
少しでも早く乾くようにわしゃわしゃと乱暴に髪を掻き混ぜると、後ろから非難の声が届く。
「雑に乾かすな、髪が痛むだろうが。」
そう思うのなら、お願いだからリビングにでも行ってくれないか。
いつもムギの心を見透かしてくるはずのローには、こういう時に限って本音が伝わらず、さらに近づいてきた彼はムギの手からドライヤーを奪った。
「貸せ、俺がやる。」
待って、いつからここは美容院になったんだ。