第7章 トラ男とパン女の攻防戦
二人分のコーヒーを淹れたローは、熱いカップを持って寝室へと戻る。
ムギは濃いめのコーヒーを求めてきたが、淹れたコーヒーはどちらも普通の濃度。
濃いコーヒーは胃が荒れる。
ムギの限界はとっくに訪れているようで、眠い時には素直に寝てしまえばいいと思った。
散々な結果だと言って見せられたテストの答案用紙は、確かに散々な点数だった。
しかも、出題されている問題はどれも簡単で、中学で習うレベルの問題も含まれている。
二学期もあと一ヶ月で終わるというのに、ムギの学校はそれで大丈夫なのだろうか。
「おい、コーヒー……。」
寝室に戻ってみると、テーブルの前にムギの姿はなかった。
眠たそうな目をしていたから、もしかしたら僅かな間に寝てしまう可能性も考えていたが、彼女は起きていた。
起きては、いる。
部屋の隅で、大きなガラス瓶を抱えながら、にたにた怪しげな笑みを浮かべながら。
「……なにをしている?」
「あ、ロー。今ね、お金を数えているんです。ふふふ、見てください。これがわたしの、可愛い500円玉ちゃんたちです。ふふふ……。」
以前彼女は、貯金箱の中身を数えるのが好きだと言っていた。
どんな趣味だと内心呆れていたが、それは想像以上に怪しい趣味だ。
海外製の、恐らくはキャンディーを入れるための大きなガラス瓶から、一枚一枚硬貨を取り出しては数をかぞえる。
「一枚、二枚……」と呟く様子は、まるで昔からある怪談の一種のようで。
「……楽しいか?」
「ええ、最高に滾ります。」
ムギへの愛は、これくらいでは揺るぎもしない。
ただちょっと、自分の彼女は変態ではないかと思った瞬間である。
「あー、ちょっと目が覚めました。」
硬貨を数え終えたムギはそれらをすべて瓶に戻し、ローのところへ帰ってくる。
熱々のコーヒーをぐいっと一気に飲み干して、「ぷはぁ」と大げさに息を吐く。
火傷をしないか心配だ。
「よし、じゃ、ちょっとお風呂に入ってきます!」
「………そうか。」
寝間着を持って寝室を出ていったムギを見送り、自分のために淹れたコーヒーを飲む。
二人きりの家で、風呂に入る。
ちっとも意識されていないようで、いちいち癪に障る女だ。
「……食っちまうぞ。」