第7章 トラ男とパン女の攻防戦
なんだこれは、めちゃくちゃ美味しい。
細かく刻んだ玉ねぎとキノコにまで味が染みている。
切るのが得意と豪語しているムギだが、みじん切りは苦手だ。
だってほら、細かく切ろうと思うと時間が掛かってしまうし、うっかり指をざっくりしたのだって、一度や二度じゃない。
しかし、短時間でそれをこなしてしまったローの指は、当然ながら傷ひとつ負っていなかった。
どうやら、生まれ持ったスペックが違うらしい。
味付けはなんだろう。
我が家にはたいした調味料が揃っていなくて、コンソメと鶏がらスープの素くらいしか用意できないはずなのに。
「冷蔵庫のもん、勝手に使っちまったがよかったか?」
「おかまいなく!」
むしろ、これほど美味しい料理を生み出せるなら、今後もがんがん使ってほしい。
ただひとつ、ひとつだけ言うとしたら。
(ああーーッ、パンが食べたい!)
この熱々とろとろのリゾットをパンにのせて食べたのなら、さぞ美味しいだろうと想像した。
だけど、それは禁句だ。
ローはパンが嫌いだし、作っていただいた料理にアレンジを加えるのは、せっかく完成したものに調味料をどばどば足す行為と同じような気がして躊躇われる。
このままでも十分美味しい。
このままでも……。
チーン。
愛するパンを頭の片隅へ追いやろうと格闘していたら、オーブントースターがタイマーを知らせた。
「……焼けたか。」
使っていた犯人はやはりローで、一度ノートから目を離して立ち上がった彼は、たった今焼き上がったものを皿にのせて運んでくる。
カリッと香ばしく焼けたそれは、冷蔵庫で自然解凍させていたはずの……パンだった。
「パン!!」
「いるか?」
「いります! いりますとも!」
首が捥げるほどの勢いで頷いて、ふんわり温かなディナーロールに飛びついた。
「え、でも、なんで……。」
「別に。食いてェかと思っただけだ。」
「あ、好き。」
恋人というよりも神様を崇めるような眼差しで愛を告白したら、ちょうどコーヒーを啜っていたローが吹き出しかける。
「ぐ……、げほ……ッ! お前……!」
「ああ、美味しい。パンに合う。すっごく合う!」
パンonライス、最高か。
炭水化物まみれの夕食に舌鼓を打つムギを、ローが憎らしげに睨んでいた。