第7章 トラ男とパン女の攻防戦
一応は許可も得たので、他人様のキッチンに勝手に立つ。
ムギが住む1LDKマンションはひとり暮らしにしては広く、設備も充実している。
システムキッチンにはオーブンと食洗器が備え付けられていて、4ドアサイズの冷蔵庫は瞬間冷凍機能がついた最新のもの。
高価な家電はムギの節約ポリシーに反していて、恐らくは彼女の叔父が買い与えたものだろう。
先日無断で立ち入った家は、趣味は悪いが豪邸だった。
同じく高価なオーブンレンジ。
キッチンに備え付けられているのなら、オーブン機能は不要だろう。
そしてなぜか、オーブントースターまでもがあって、この家には“オーブン”と名のつくものが三つも存在していた。
が、しかし、肝心なものがない。
「……まさか、炊飯器がねェのか?」
米は日本人の主食。
主食を炊くためには、炊飯器が必須のはず。
ひとり暮らしをしているくせに、オーブンと名のつくものは三つもあるくせに、炊飯器がない。
ふと、一度だけ食べたことがあるムギの手料理を思い出した。
お弁当の主食にはおにぎりが入っていたが、おにぎりと呼ぶには少々お粗末なものだった。
何枚も何枚も海苔を重ねたそれは硬くて、ついでに米も硬かった。
ところどころ焦げた米が混じっているのはなぜだろうと思っていたが、なるほど、炊飯器がなかったせいだったのか……と今さらになって謎が解けた。
ムギの叔父に物申したい。
買ってやれよ、炊飯器。
いや、しかし、ムギの叔父は彼女のパン好きを理解していて、どうせ無駄になるとわかっていたから買い与えなかったのか。
「……ハァ。」
深いため息を吐きながら、今度は冷蔵庫を開けた。
大きな冷蔵庫はやはりムギの手に余るらしく、中身はガラガラ。
牛乳と卵、チーズ、バター、ヨーグルト。
なんだか乳製品ばかりだ。
次に冷凍庫を開けてみたら、カチコチに凍ったパンとパンとパンとパンが敷き詰められていた。
ローが無言で引き出しを戻したのは、言うまでもない。