第7章 トラ男とパン女の攻防戦
晴れてローの恋人になった女は、凄まじく馬鹿であった。
まず、ようやく手に入れられた女を、ローがむざむざ逃がすとでも思っているのか。
「じゃあ、さようなら!」と言われ、「はい、さようなら」と帰すとでも思っているのか。
珍獣レッサーパンダは猪突猛進で、走り出したが最後、周りに目が向いていない様子。
走るムギを追いかけ、オートロックを解除したエントランスを一緒にくぐり、あまつさえ同じエレベーターに乗ったというのに、ムギはまったくローに気がつかなかった。
これを馬鹿と言わず、なんと言えばいい。
呆れるほどに、危機感が足りないムギ。
鍵を閉めずに外出したムギは本当に危機感が足りなくて、いくらローが注意をしても、まったく言うことを聞かない。
「大丈夫だって~」と呑気にしている彼女を見ると、心配でしょうがなくなる。
いっそのこと、ローの家に連れて帰るか、このまま転がり込んでしまいたい。
そうすれば、いつでもムギの傍にいられるのに。
誰かに対してそんなふうに思うのは、もちろん初めて。
けれどムギは、当然ながらそんなことを望んじゃいない。
勉強がわからなくて困り果てている時でさえ、ローを頼ってはくれないのだ。
でも、恋人になったおかげか、こちらが提案すれば以前より素直に甘えてくれる。
そうやって時が経つうちに、自分なしじゃいられなくなればいいのに。
「おい、夕メシは食ったか?」
「ん、やー……。」
ムギは一度集中をするとやっぱり周りが見えなくなるタイプらしく、質問にもおざなりな返事しかかえってこない。
「まだってことでいいんだな? 台所を借りるぞ。」
「ん、はぁい。」
やはりここでも空返事。
立ち上がったローは寝室からリビングへ出ようとして、最後に思い出したように言ってみた。
「あと、勉強を教えるのはタダじゃねェ。きっちり礼をもらうから、覚悟しておけ。」
「……はぁい。」
なんてマヌケな女。
やっぱりムギは、危機感が足りない。