第7章 トラ男とパン女の攻防戦
靴を脱ぎ、リビングを素通りして寝室に向かうと、ちょうどベランダから出てきたローと鉢合わせた。
「おい……ッ、てめェ、俺が言ったことを聞いてたのか?」
「聞いてましたよ。でもほら、大丈夫ですって。」
「お前は……! チッ、ここにいろよ? 絶対に動くんじゃねェ!」
忌々しそうに舌打ちをしたローは、トイレとバスルームを確認するために消えた。
掃除をこまめにしておいてよかったと、今日ほど思ったことはない。
そういうところは、ムギだってちゃんと女子なのだ。
「……ね? 大丈夫だったでしょ?」
「お、まえ……! 部屋から動くなと言っただろうが……ッ」
またもや言いつけを破ってリビングに出てきたムギの頭を、ローの手のひらがわしりと掴む。
そのまま、お仕置きのようにぎりぎり力を入れられる。
「あ、痛い、いたたた!」
ただでさえ小さな脳みそが圧縮される。
せっかく覚えた数式が飛ぶ。
「は……! べんきょう……!!」
鍵とローのせいで二度目の行方不明になっていた重要事項が帰ってきた。
すぽんとローの手から抜け出して、寝室に飛び込んだ。
やりかけの宿題と勉強の残骸はローテーブルの上でムギの帰りを待っていて、「早くやれ~」「時間がないぞ~」と脅してくる。
怖い。
オバケより強盗より、ローよりも怖い。
なんとなく正座をしながらテーブルの前に座り、シャーペンを握った。
まずは、英語の宿題をやろう。
いい加減にコイツを片付けないと、おちおち勉強もできやしない。
「……なんだそりゃ。」
いつの間にかムギの後ろにいたローが宿題を見下ろして、訝しげに尋ねてくる。
「宿題です。」
「宿題? お前の学校、宿題なんか出るのか?」
「……まあ。」
通常は、あまり出ない。
ムギの場合、宿題というより罰である。
「こっちのもそうか? やけに多いな。」
「あ、それは……。」
ばらばらと広がった教科書とノート。
それらは、宿題とは関係がない。
「それは……、勉強を……。」
「勉強? お前が?」
ローは知っているのだ、ムギが教科書類を学校へ置いてくるほどの不真面目な生徒だということを。
不審そうに見下ろされたら、もう逃げ道はない。