第7章 トラ男とパン女の攻防戦
身の危険を感じて、ローの胸を押す。
しかし、彼の身体はびくとも動かない……ので、ムギは渾身の力でローを突き飛ばす羽目になった。
この男、細身なくせになぜこうも力が強いのか。
体幹が強いのかは知らないけれど、突き飛ばしたはずのムギがよろめいた。
おかげで、危険たっぷりな抱擁からは逃れられたが。
「……おい、なぜ逃げる。」
「危険を感じたからです。」
「意味がわからん。」
いや、わかれ。
部屋に連れ込まれて「遠慮をしない」宣言されたとなれば、いかに恋愛に疎いムギであっても、なにが起きるか想像ができる。
「ていうか! わたし、すでにピンチだった!!」
芋づる式に己の危機を思い出したムギは、ハッとした表情で叫んだ。
「大変、帰らなくちゃ! じゃあ、さよなら!」
時間は待ってくれない。
じわりじわりと月曜日が、追試が迫ってくる。
同時に、ムギの留年の危機も迫ってくる。
想いは伝えた。
これで胸のつかえも取れた。
となれば、あとは安心して勉強に励むだけ。
しゅた!と手を上げながらローに別れを告げて、踵を返したムギは来た道を全速力で走る。
「ハァ、ハァ……。」
再び全力疾走をしてマンションのエントランスをくぐったムギの額からは、汗が吹き出している。
暑い、冬のくせに、本当に暑い。
満身創痍の状態でエレベーターに乗り込み、ようやく玄関の扉前までたどり着いた。
「鍵……。えーっと、鍵、鍵……。」
ジーンズのポケットをまさぐってみても、それらしきものが見つからない。
「あれ、鍵、どこやった……?」
というか、そもそも鍵は掛けたっけ?
考えてみれば、ケータイだけを握りしめて家を飛び出したような気がする。
「……ま、いっか。」
「おい、なにがいいんだ。まさか、開けっぱなしで出てきたわけじゃねェだろうな?」
「え、いや、あはは……。」
まあ、いいじゃないか。
どうせマンションにはオートロックが掛かっているんだし、不審者なんか現れないはず。
心配はいらない……けれど。
(あれ、今、誰かわたしに話し掛けて……?)
独り言のつもりで呟いたはずなのに、返事があった。
恐る恐る振り向いてみたら、そこには、不審者――ではなく。
背後には、ローがいた。