第7章 トラ男とパン女の攻防戦
人は不意を突かれると固まる……ということを、ローは身をもって経験した。
目の前に大型トラックが迫ってくる方が、まだ対処の仕様があったとのちになって思う。
それくらい、ムギの発言は信じがたいものだった。
ローは自信家だ。
恋愛に疎く、まったく靡かない女を必ず手に入れると確信するほど、自信を持って生きている。
ただ、手に入れるのと手に入るのとでは、言葉は似ていても意味が大きく異なり、突如として降ってきた出来事に狼狽えるほかない。
今まで拒否されていた想いをいきなり肯定されたとあっては、呆然とするのもしかたがないだろう。
なにせ、昨日までの彼女はそんな素振りを一度だって見せなかったのだから。
「な、にを……。」
無様にも揺れた声は、ローの心情をありありと表している。
けれども肝心なムギにはまったく伝わらず、見当違いな思い込みをしては眉尻を下げた。
「あ、やっぱり迷惑でした? もしかしたら今さら言われても……って思われるんじゃないかと考えてたんですけど。」
「ふざけんな。」
ローを動揺から立ち直らせたのは、ムギの馬鹿げた発言だ。
なにが今さらなものか、なにが迷惑なものか。
こっちがどれだけ欲しているかも知らないで。
稀代の悪女ではないか、とローは思う。
こんなに平凡な顔をしておいて、こんなに間抜けな思考をしておいて、おもしろいくらいにローを手のひらの上で転がす女は、後にも先にもムギしかいない。
憎たらしくも可愛い女は、困ったようにローの出方を窺っている。
困っているのは、こちらの方なのに。
「……抱きしめても、いいんだな?」
今まで、そんな許可を取った覚えはない。
いつも勝手に抱きしめて、勝手に彼女を閉じ込めた。
そうしないと、逃げてしまうから。
でも、これからはそうじゃないんだろう?
その証拠に、一度だけ視線を落としたムギはおずおずとローを見つめ、手持ち無沙汰な両手を宙に浮かせた。
広げた50センチにも満たないスペースは、これからローが独占できる唯一の場所。
たった一歩の歩幅を詰め、無理やりにスペースを広げたローは、両腕に力を込めてしっかりとムギを抱きしめた。