第7章 トラ男とパン女の攻防戦
突然やってきたムギの様子は、どう見てもおかしかった。
この寒い夜に汗ばんで、落ち着きなく視線を彷徨わせては口ごもる。
まさか体調が悪いのかと思えば、そうではないと否定する。
彼女は切羽詰まっているわけではないと口にしたが、面倒事を抱えていないとは言っていない。
夜中に訪ねてくるくらいだ、なにかしらの問題があるのだろうと察したローは、長くなりそうな話を見越して自分の家へと誘った。
しかし、その提案は即座に断られてしまい、信用のなさに多少なりとも気分を害す。
まあ、これまで自分がしでかした暴挙を考えれば、しかたがないことではあるが。
部屋が嫌なら、マンションのエントランスホールでもいい。
秋の終わりに差し掛かる季節の風は冷たくて、ムギが風邪を引いてしまっては大変だ。
「とにかく…――」
どこでもいいから屋内に入ろうと口にしようとしたところで、ムギが突然言葉を被せてきた。
「好きです!」
発しようとしていた言葉が消え、ローの眉間にぎゅうっと皺が寄る。
「……あ?」
不可解な声を出したローの胸中では、たったひとつの疑問が浮かんでいた。
なにが?と。
日頃から言葉が足りないと責めるくせに、今のムギはまさにそれ。
主語はどこにいった。
ローの反応は、決して良くなかった。
だが、その一言を口にしたムギは肩の荷が下りたように表情を明るくし、こう呟いた。
「あー、よかった! 言えた言えた!」
いや、なにが。
すっきりしているところ悪いが、ローにはなにも伝わっていない。
「あの、じゃ、そういうことで。」
勝手にすっきりしたムギは、先ほどとは打って変わって朗らかになり、これまた勝手に話を終えようとする。
「待て、お前。意味がわからん。」
「え!?」
ムギの腕を掴んで引き留めたら、真ん丸い瞳を見開いて驚いた顔をする。
なぜ今の発言で通じると思ったのか、彼女の頭の中を覗いてみたい。
(ああ、そういや、馬鹿だったなコイツ。)