第7章 トラ男とパン女の攻防戦
緊張のせいで赤らんだムギの頬を、冷たい夜風がひゅうっと撫でた。
あまり時間を掛けるわけにはいかない、薄着のローが風邪でも引いてしまったら大変だ。
「……顔が赤いな。まさか、体調が悪いんじゃねェだろうな?」
今まさにムギがしていた心配を、ローがそのまま口にする。
「悪くないです、めっちゃ元気です。」
強いて言うなら、心臓が痛い。
こんな苦しく重い緊張から早く逃れたくて、本題を切り出そうと決める。
「えーっとですね、伝えたいことがありまして……。」
「ああ、さっきも聞いた。」
「そうでしたっけ? あのぅ、たいした用事じゃなくてですね……。」
「それもさっき聞いた。」
「そ、そうでしたっけ?」
ああ、くそ。
数分前の記憶すらあやふやな己の馬鹿さ加減が憎い。
「落ち着け、焦んなくても聞いてやるから。寒ィし、俺の部屋で話すか?」
「や……、それはちょっと。」
「警戒しなくても、取って食いやしねェよ。」
誤解だ。
ムギはローの部屋に上がることを警戒したわけじゃなくて、二人きりの密室空間で告白する緊張に耐えられないと思っただけ。
でも、そう誤解されてもしかたがないくらいの態度を、これまでのムギは取っていた。
自分を好きじゃないと知っている相手に告白する気持ちとは、どんなものだろう。
少なくとも、ムギはローが自分に多少の好意を持っていると知っている。
今もそうかはわからないが、嫌われてはいないはず。
ローが告白してくれた時と、ムギがこれから告白をする時では、同じスタートとは言えないほど状況が違う。
それがなんだか、卑怯な気さえしてくる。
(ああ、ああ、もう! こんなの、わたしらしくない!)
ぐだぐた考えるような、後ろ向きな人間にはなりたくない。
ムギは馬鹿だ。
後先考えずに突っ走り、後悔することもしばしば。
でも、それが自分の良いところだとも思っている。
ローだって、言ってくれたじゃないか。
料理が下手で、馬鹿で、奇妙な趣味があって、パンが好きなムギを知っていても好きだと。
そう考えたら、胸がじんと熱くなる。
「とにかく…――」
だから、なにかを言いかけたローの言葉を遮って、やっぱり後先考えずに口走ってみた。
「好きです!」