第7章 トラ男とパン女の攻防戦
プツンと音を立てて通話が切れた。
「……あ。」
“通話終了”を知らせるディスプレイを見て、息を切らしたムギは、運動による汗とは違った意味の汗を流した。
言ってしまった、ついに。
話があると言ってしまった。
(どうしよう、わたし……ちょっと気持ち悪かったかも。)
今あなたの家の下にいます……だなんて、どこぞのホラー映画のようじゃないか。
場合によってはストーカー発言に捉えられそうな言い方を後悔し、でもすぐに前向きに考える。
(ま、いっか。マンションの下まで来ちゃったのは本当だし。)
不気味なストーカー発言をしても、気持ち悪いと思うようなローじゃない。
彼の心が離れていったのではないかという疑惑は、正直なところ、まだある。
初めて掛ける電話はとても勇気が必要だったし、長いコール音を聞きながら緊張で心臓が飛び出そうだった。
でも、電話越しに聞こえてきたローの声を耳にしたら、すべてがどうでもよくなった。
これからムギは、自分の気持ちを正直に伝えようと思っている。
恋愛から逃げてきたムギにとっては、告白だなんて崖から飛び下りるくらいの度胸がないと実行できない。
でも、度胸と勇気が必要なのは、たぶんムギだけじゃないはずだ。
ローだってきっと、同じ思いをしたのではないか。
なら、今までその気持ちを踏みにじってきたムギも、同等の対価を支払わなければならない。
伝えた結果、どうなるかはわからない。
けれど今は、先の未来を想像するよりも、“好き”と伝える方に集中しよう。
じんわりと滲んだ手汗を感じ、握りしめた拳を開いた頃、マンションから薄着のローが姿を現した。
「ムギ……。」
呼ばれた名前に、きゅうっと胸が引き絞られる。
初めて自覚した、甘く疼く恋の痛み。