第7章 トラ男とパン女の攻防戦
期待し、夢を見るのは個人の自由。
だが、それを相手に押しつけてはいけない。
自分の望む結果にならなかったからといって、相手を非難するのはもってのほか。
ゆえにローは、硬い手触りの髪を軽く掻いたあと、すぐに気持ちを切り替えた。
連絡がないのなら、自分からすればいいだけ。
忙しいとは言っていたけれど、こちらから連絡だけをする分には構わないだろう。
そう思って、昨夜から進展がないままのトークを開いた。
ローはあまり、長文を好まない。
だから、自分の身に起きた人災を文字でつらつら語る気分にもなれず、迷った結果、「今なにをしている?」と短い質問を打ち込んだ。
あとは送信ボタンをタップすればいいだけだが、すんでのところで気が変わる。
いつ既読になるともしれない反応を待つよりも、ムギの声を直接聞きたい。
迷惑そうに「なんですか?」と、可愛くない反応をするムギの声を。
トークを消してアプリを閉じ、代わりに電話の画面を開く。
ちゃっかりお気に入り登録をしている彼女の名前はすぐに表示されて、今度こそ躊躇なく連絡を取ろうとした。
――ブルルルッ
ローがムギに電話を掛けるよりも僅かに早く、ケータイの画面が変わってしまった。
うるさく音が鳴るのが嫌で、電話の着信のみバイブレーションに設定したケータイが震える。
(タイミング悪ィな。誰だ、電話なんか掛けてきやがったのは。)
自分もまさに相手の都合を考えず同じことをしようとしたくせに、電話を掛けてきた相手を恨む。
ローを心配したコラソンか、用もなく喋りたいだけの親友たちか。
前者ならばともかく、後者だったら承知しない。
不機嫌がそのまま顔に出たローの表情は、しかし、ディスプレイに表示させた名前を見るなり一変する。
“米田ムギ”
電話を掛けてきた相手の名前である。