第7章 トラ男とパン女の攻防戦
もしかしたら、初めて目が合った時から惹かれていたのかもしれない。
凶悪な視線が今でも忘れられず、電車の窓越しに見つめ合った日々が懐かしい。
もしかしたら、彼の人生に足跡を残したかったのかもしれない。
パン嫌いな彼にパンの美味しさを気づかせることで、彼のなにかを変えたくて、躍起になっていた日々が懐かしい。
もしかしたら、とっくの昔に気づいていたのかもしれない。
縮まる距離に、触れる体温に、ドキドキと胸を騒がせた日々が懐かしい。
デートをして、手を繋ぎ、キスをした。
他の誰かだったら悪寒を感じるであろうその行為を許せたのは、嫌だと思えなかったのは、ずっと前から彼に心を奪われていたから。
好きだと言われた時に、付き合おうと言われた時に頷けなかったのは、不相応な自分が嫌で、いつか必ず来る終わりが嫌で、芽生えた想いに蓋をしてしまったから。
だけど、無理だ。
頻繁に送られてくるメールも、無理に合わせてくれる登校時間も、過保護な夜のお迎えも、すべてがムギの日常になってしまっている。
今さら取り上げられたら、心に穴が開いてしまう。
いつもみたいに、へらへら笑えなくなってしまう。
『私はムギの素直で真っすぐなところが好きなんだ。』
まったく、ボニーの言うとおりだ。
今のわたしは、素直でも真っすぐでもない。
他の友達には素直になれるのに、ローにだけひねくれた態度を取るのは、自分の本心を隠してきたからだ。
『自分でわかんなきゃ意味がないんだ。もっとしっかり……、考えろよ。』
まったく、ボニーの言うとおりだ。
わたしの親友は、わたしよりもわたしに詳しい。
親友の助言と愛に、今になって気づいて新しい涙が流れた。