第7章 トラ男とパン女の攻防戦
今にして思えば、あの頃からローはムギを好きでいてくれたのだろう。
本当にそう思っているのかは定かではないが、彼は最初から恋人のフリではなく、付き合っているつもりだったと豪語した。
プリクラに写っているのは、にこりとも笑わず、仏頂面を崩さないイケメン。
あの時は、イケメンはどんな顔をしてもイケメンで不平等だと思ったけれど、ローの気持ちを知り、改めて見直してみると、その視線には甘い熱がこもってはいないか。
近すぎる距離に顔を青くしたり赤くしたりするムギを、愛おしげに見ているような気がして、堪らずムギの頬に朱が走る。
それから、静かすぎるケータイが気になった。
(連絡、こないな……。)
クールな性格とは異なり、まめな一面を持つローが連絡をくれないことに、無性に不安を煽られた。
もしかしたら、気づいたんじゃないだろうか。
ムギという人間が、想いを寄せる女性に値せず、彼に見合う女性が数多存在していることに。
だって、実際そのとおりだ。
恋に一生懸命で、キラキラした女の子にはなれない自覚がある。
バイトやお金ばかりを優先せず、ローのことを一番に考える女性は、彼の周りにごまんといる。
きっと彼女たちは、ローに好かれようと努力して、ローの気持ちを考えて、ローの嫌いなものを――パンを無理やり食べさせたりなんかしない。
それでいい。
溢れんばかりの優しさも、鬱陶しいくらいの執着も、ムギには身の丈に合わない贅沢だ。
(ローもようやく、目が覚め…た……。)
ぼたり、と一滴の雫が落ちてプリクラを濡らした。
撥水性のあるシールがそれを弾き、つうっと流れて膝に落ちる。
どこから水が降ってきたんだろうと考えて瞬いたら、ぼた、ぼた、と新たな雫がプリクラの上に落ちていく。
「あれ……?」
プリクラを濡らすそれは、頬を伝うそれは、瞳から溢れるそれは、まぎれもなくムギの涙。
心の内に押し込めた、ムギの想い。