第7章 トラ男とパン女の攻防戦
冬の日暮れは早い。
太陽がいつの間にか彼方に沈み、月と星が煌めきだした空を仰ぎ、ムギは絶望的な気分になった。
宿題が、終わっていない。
勉強が、進んでいない。
誰か、この馬鹿な頭を殴ってくれ。
いっそのこと、記憶喪失にでもなった方が、いろいろと頭に詰め込めるんじゃないか……そんな現実逃避をしてしまうほど、現状が思わしくない。
結局今日一日、ローからの連絡は来なかった。
切羽詰まった状況のくせに、なにを気にしているのだろうか。
「……集中しないと。」
そうだ、ガムでも噛もう。
ガムを噛むとストレスが緩和され、集中力がアップするとかしないとか。
(確か、ボニーから貰った激辛ガムがあったはず……あれ、ない。)
あまりガムを好まないムギは、普段は貰ってもすぐに食べず、どこにやったのかと首を傾げた。
(あ、そうだ。ハンドバッグの中かも。)
お出掛け用のバッグの中に入れた記憶が蘇り、クローゼットを開けて引っ張り出す。
放課後も休日もバイトに費やすムギがこれを使ったのは、ローとデートまがいなものをした時以来だ。
目的のガムはすぐに見つかった。
多用しないバッグに物を入れっぱなしにしてしまうのはムギの悪い癖で、他にはなにが入っているのかと逆さまにして取り出してみる。
「……あ。」
ぴらりと落ちてきたのは、一枚の薄いシール。
高性能なカメラで撮影したそれは、いつかローと撮ったプリクラだった。
誰かに見せる気も起きず、かといってどこかへ貼るなんてこともできず、ただただ仕舞っておいただけのプリクラ。
これを撮ったのは、そう昔の話ではない。
でも、アブサロムの影に怯え、ドキドキしながら恋人のフリをしていた頃が懐かしく思えて手に取った。
プリクラの中には、不慣れで初々しく、けれども仲が良さそうなカップルが写っていた。