第7章 トラ男とパン女の攻防戦
ムギが落ち込んだ様子を見せるのは珍しい。
決して馬鹿にしているわけじゃないが、彼女はあまり、物事を深く考えるタイプには見えないから。
もう一度言う、決して馬鹿にしているわけじゃない。
「で? 素直じゃなく、真っすぐでもなく、可愛くもなく、強情で面倒くさいお前がなんだって?」
「待って、そこまで言ってないんですけど。」
「後半は俺の主観だ。」
「……。」
胡乱げに見つめてくる瞳が、「あんた本当にわたしが好きなの?」と尋ねているような気がするけれど、間違いなくローはムギが好きだ。
惜しい。
声に出して尋ねてくれれば、好意を身体で示せたものを。
「で、どうしたって?」
冗談はさておき続きを促したら、ムギは少しだけ躊躇う素振りを見せたものの、やがて口を開く。
誰かに話を聞いてほしかったのだろう。
「親友に言われたんです。最近のわたしは、素直で真っすぐじゃないから、あんまり好きじゃないって。」
「……そうか。」
話を聞き出したのはいいけれど、正直答えに困った。
なぜならローは生まれてこの方、友人と喧嘩をしたことがない。
ローの友人といえば、幼馴染みの三人だ。
彼らは昔からローを崇拝していて、じゃれ合いはしても喧嘩に発展するようなことはなく、腕っぷしならローが勝つ。
気にするな、と言っても気にするだろうし、そんなやつこっちから願い下げだろ、と言ったら怒らせそうだ。
迷った挙げ句、ローが口にしたのはムギの悩みを根底から覆す発言。
「そもそもお前、素直でも真っすぐでもねェだろ。」
「……は?」
ムギの周囲の空気がひやりと下がった。
失言だったと自覚はしたが、彼女を素直だと思ったことがないのは事実。
「どちらかといえば、ひねくれ者だと思うがな。」
「ひっど、ひねくれてなんかいませんよ! わたし、友達の間では素直で可愛いって褒められるんですから!」
「そうかよ。まあ、そんなお前には出会ったことねェけどな、俺は。」
むしろ、ひねくれて可愛くないムギばかりだ。
「そ、それはローが……!」
「……俺が?」
「……なんでもありません。もう、真面目に相談するんじゃなかった。」
拗ねてそっぽを向く彼女はやっぱり素直じゃなかったが、膨らむ頬は囓りたくなる程度には可愛いと思った。