第7章 トラ男とパン女の攻防戦
謎めいたボニーの発言のせいで、午後の授業は悲惨だった。
いつにもまして上の空になったムギの頭の中は、自分のなにが彼女を不快にさせてしまったのかと疑問でいっぱいだ。
好きじゃないと言われたけれど、嫌いと言われたわけじゃない。
都合の悪いことはすぐに忘れてしまう記憶力を駆使して理由を考えてみても、ボニーが望む答えはちっとも出てこなかった。
「――さん、聞こえていますか、米田さん。」
「は……、はい!」
考え事に没頭するあまり、教師が名前を呼んでいたことに気づくのが遅れた。
指名され、慌てて立ち上がったムギを視線だけで窘めた英語教諭は、硬い口調を崩さないまま問題を出す。
「次のページの英文を訳してみてください。」
「え、あ……。」
授業をまったく聞いていなかったせいで、該当の問題がわからず狼狽えた。
見かねた隣の席の友人が助け舟を出そうとするも、剣士のように気配に鋭い教師が釘をさす。
「そこ、問題を教えないように。」
ああ、ダメだ。
彼女にはムギが授業を聞いていなかったと見破られている。
そう悟ったムギは、瞳を伏せて正直に謝る。
「すみません、聞いていませんでした。」
「……103ページの冒頭からです。」
たぶん、ここでムギが英文をすらすらと訳せたのなら、問題はなかったのかもしれない。
でも、そんな英語力がムギにあるはずもなく、意味不明に陳列する英単語を前にして、早々に諦めた。
「……わかりません。」
「わからないのなら、なぜきちんと聞いていないんですか。罰として、月曜日までにこの英文をノートに10回書き写して提出するように。」
「じゅ……!?」
月曜日までに、10回だと!?
指定された英文はたっぷり三ページ分あって、それを転記するとなると、綴りに弱いムギは膨大な時間を要するだろう。
しかも、週明けにはテストの追試があるというのに。
「なにか問題でも?」
「……いえ、ありません。」
授業を聞いていなかったのも、頭が悪いのも、すべては身から出た錆。
大丈夫、徹夜をすればなんとかなるだろう。
……たぶん。