第7章 トラ男とパン女の攻防戦
以前、ローとの関係を清算しなければならない理由として、漠然と彼に恋する女性に悪いからと思っていた。
ムギがローの彼女面をしている限り、片思いの誰かが諦めてしまうかもと、そんなふうに考えていた。
今朝の女子高生も昨夜のムギたちを目撃しているから、ローに彼女がいると勘違いしている可能性が高い。
それにしてはムギに話し掛けてきたが、単純にコックシャツを着たムギと昨夜のムギを同一人物だとは思っていなかったのだろう。
「……チッ」
駅へと向かう道すがら、舌打ちをしながら首をこきりと鳴らすローは言わずもがな不機嫌である。
「どうかしました?」
半分くらい理由を予想できているのに、そう尋ねるムギは性格が悪い。
「あぁ。さっき……、いや、なんでもねェ。」
てっきり店での出来事を口にするかと思いきや、彼は理由を話さなかった。
だから、代わりにムギが指摘してみる。
「お店で女の子から熱視線を受けてましたよね。」
「……。」
肯定も否定もしなかったが、じろりと向けられた視線が「知っていたのか」と告げている。
そりゃあ知っているさ、店員だもの。
「ああいうの、やっぱり嫌ですか?」
「嫌に決まってんだろ。見せ物じゃねェんだ、じろじろ観察されるのは不快以外の何者でもねェ。」
「モテる男は大変ですねぇ。」
「……ずいぶん他人事だな。」
「他人事ですから。」
むしろ、親身になって「そうだよね!」と言えるのは、同じくらいモテる人間だけだと思う。
ムギの淡泊な態度にローは白けながら、八つ当たりのように小麦色の髪をぐしゃぐしゃに撫で回す。
「わ、ちょ、なにするんですか!」
「別に。ただの褒美だ。」
「意味がわかりません。」
「お前と付き合ってから、ああいう類の視線が半分くらいは減った。」
ボサボサになった髪を手櫛で直しながら、ぎくりと固まる。
それはつまり、周囲がムギを彼女と認識し、恋を諦めた女子がいるわけで。
「……付き合ってないってば。」
「別れねェと言っただろ。」
何回も繰り返された会話を口にしながら、心境の変化に戸惑った。
他の女の子が恋を諦めてしまわないように。
かつて感じていた罪悪感が、いつの間にかムギの中で小さくなっていたのだ。