第7章 トラ男とパン女の攻防戦
恋かどうかを知りたいのなら、その人の隣に自分じゃない誰かの姿を思い浮かべろ。
それがレイジュにもらったアドバイスではあるが、別にムギはそんなものを知りたいわけじゃない。
彼女にはただ、男性と付き合う時の決め手を尋ねただけだ。
なんというか、人生の後学のために。
鞄を奪われ空になった手を開いたり握ったりしながら、ちらりとローを見上げた。
その人の隣に自分じゃない誰かの姿を思い浮かべろ、と言われても、それがなかなかに難しい。
そもそもムギは自分がローの隣にいて然るべき人間だとは思っていないし、ローが女の子に優しくする姿を想像できない。
でも、現にローはムギに優しく接しているのだから、贅沢すぎる矛盾に苦悩した。
例えば……と、偶然すれ違った見知らぬ他校の女子高生の顔を覚え、想像の中で自分と置き換えた。
今、彼の隣を歩いているのは自分ではなく、あの女子高生だったら、と。
「……おい。」
「な、なんですか!?」
想像している途中で現実に引き戻され、ムギは慌てて返事をした。
「さっきから黙っているが、具合でも悪いのか?」
普段からムギはお喋りな方ではないが、心ここに在らずだと見抜かれてしまったのだろう、やましさから早口に否定した。
「わ、悪くないですよ、元気爆発です!」
「……元気溌剌、な。それならいいが。」
危ない。
もし具合が悪いと思われたのなら、いつかのように無事に家まで帰してもらえないだろう。
ローと適度な距離を保ちたいと願っているはずなのに、自ら首を絞める行為に冷や汗が出る。
一度想像しかけたものを霧散させ、元気をアピールしようと、どうでもいい話題を咲かせた。
日本史の授業が退屈で眠いとか、ボニーの昼食内容が凄まじいとか、バラティエの次回新作パンの予想とか。
やましさを誤魔化すための一方的な会話にも、ローは退屈な表情ひとつ見せず、相槌を打ったり、時折意見を挟んだりしながら歩いていく。
そのうち会話自体を純粋に楽しんでしまい、なにをやっているんだと自己嫌悪に陥った。