第7章 トラ男とパン女の攻防戦
仕事を終える少し前になると、バラティエの前にローがやってきた。
レイジュとあんな話をしてしまった手前、彼女にローの姿を見られたくなくて、いつもより早めに帰り支度を済ませて店を飛び出す。
「早かったな。」
「そう、ですか?」
妙に視線を気にしながら速足に歩き出すと、特別スピードを上げた様子もないローが隣に並んだ。
歩幅の差が憎い。
「おい。」
ムギの前に、さっとローの手が伸ばされた。
まさかとは思うが、手を繋ぐ合図ではなかろうか。
繋がないからな、絶対。
「……なんですか?」
胡乱げな目つきで見上げれば、しかし、それはムギの勘違いだった。
「鞄を寄越せ。」
「あ……、鞄。なんだ……じゃなくて、なんでですか?」
「持ってやる。」
「え、結構です。」
手を繋ぐのはもちろん遠慮したいけれど、鞄を渡す意味もわからない。
あっさりと拒否すると、忌々しそうに舌打ちが鳴る。
「可愛くねェな。いいから、さっさと寄越せ。」
「いや、いいですって!」
紳士なローは善意で鞄を持ってくれようとしているのかもしれないが、ちょっと考えてほしい。
今のムギの恰好は制服で、手に持っているのはスクールバッグ。
一方でローは私服だから、彼が鞄を持てば、傍目から見て明らかにムギが鞄を持たせている構図が浮き彫りになる。
そんな彼氏彼女のような真似事ができるか!
そもそも、恋人同士であっても自分の荷物くらい自分で持つべきというのがムギの持論である。
しかし、ムギの持論は世話焼き魔人に通用せず、持ち手を引っ張られて強引に奪われた。
「あッ、返してくださいよ!」
「重いな。なにが入っている?」
「そりゃ、売れ残ったパンとか、試作品のパンとかですよ。」
「……勉強道具はどうした。」
あ、しまった。
いつもの癖で教室に全部置いてきてしまった。
これではテスト勉強ができない。
「……ま、いっか。」
「よくねェだろ。」
「いいんですよ、勉強は前もってやりすぎると逆に忘れますから。」
「んなわけねェだろ、どういう原理だ。」
ロケット鉛筆の原理である。
ほら、一個押し込むと一個出ていく、みたいな。
それを説明したら、心底残念な目をされた。