第7章 トラ男とパン女の攻防戦
ローのせいで、数学の小テストは散々だった。
いや、嘘です。
ローの告白があってもなくても、テストの結果に変わりはなかっただろう。
先生に苦言を呈されたテストの用紙を小さく小さく畳んでからバッグの奥に突っ込んだ。
ちなみに、来週には再テストが実施されるので、小さく畳んだテストは帰宅後開く必要があるのだが。
学生の本分を忘れてバイトに励み、色事に悩むムギは間違いなく不真面目な生徒だろう。
しっかり勉強しなくちゃとわかってはいるけれど、バラティエで働く方がよっぽど楽しく、早く社会人になりたいとすら思った。
「お疲れ様です。」
裏口から入って誰にともなく挨拶をすると、厨房からレイジュが顔を出した。
「ムギちゃん、お疲れ様。」
「レイジュさん、お久しぶりです。今、上がりですか?」
「ううん、オーナーに用事ができちゃって、今日は閉店まで私とサンジでやるわ。」
「そうなんですか。お手伝いできることがあればなんでも言ってくださいね。」
「ふふ、ありがとう。頼りにしてるわ。」
雑談をしながらささっと着替え、エプロンをきつめに締める。
入念に両手を洗浄し、厨房から漂ってくるパンの匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。
(ああ、落ち着くなぁ……。)
昔からムギをなにより落ち着かせるパン。
ローと腹を割って話すなら、恥を忍んでもバラティエにするべきだったかと本気で考えてしまうほど。
見習いのギンは昨日の課題をクリアしたらしく、今日から本格的に厨房へ入るようになった。
といっても最初のうちは小麦粉を計量したり、調理器具を洗ったり、雑用がほとんどだけど。
時折サンジがギンを叱責する声を耳にしながら、ひとりだけになった売り場でムギは張りきって精を出した。