第7章 トラ男とパン女の攻防戦
「……あ。」
教室に到着し、自分の席でスクールバッグを開いた時、お米券が入った封筒が未開封のまま出てきた。
昨夜ローに渡そうと思っていた、お礼の品である。
(すっかり忘れてた。改めてお礼も言いたかったのになぁ。)
当初の予定ではローとの交際を解消し、しっかりお礼を言ってお米券を渡したら、それで終わりにするはずだったのに。
『お前が好きだ』
ふと、気を抜いた脳内に昨夜の告白が蘇ってきて、誰もいない教室でひとり悶絶する。
「……ッ」
冷静になって考えてみたら、あんなイケメンから告白されるなど、一生に一度きりの奇跡だった。
しかも、どうやらローは本気らしい。
これまではなぜかムギがサンジを好きだと勘違いしていたらしく、あれでも気兼ねしていたのだという。
誤解がとけた以上、一切の遠慮をしないと言い放ったローが、一夜明けてどんな行動に出るのかが恐ろしくもあった。
でもまさか、ムギの苦しまぎれの一言……パンを食べられるようになるという条件を本当にクリアしようとしているなんて。
ローにとってパンは、食べ物ではなくスポンジである。
これまで避けてきたそれを、ムギと付き合うためだけに克服しようとするなんて、夢じゃないのかと思いたくなった。
「あー……、どうしよう。」
ほんの少し前まで、ムギの高校生活は順風満帆だった。
多少の家庭事情を抱えていても、仲が良い友達がいて、好きなパン屋でバイトをして、将来のためにコツコツお金を貯める喜びを噛みしめて。
それがローという男に出会ってから、すべてが狂った気がする。
友人にローの名前を聞かされなければ、存在に気がつかなければ、苦手な恋愛事で右往左往しなくて済んだのか。
(ていうか、ローはなにがきっかけでわたしを好きになったんだろ。)
ムギの悪いところを懇々と挙げたローだけど、逆に良いところはひとつも挙げていなかった。
いや、好きならひとつくらい挙げろよ。
聞いてみたいような、やっぱり聞きたくないような。
「はぁー……。」
重たいため息を吐きながら、机に額をごつんと打ちつけた。