第7章 トラ男とパン女の攻防戦
「そんな汚れたもん、食ってんじゃねェよ。」
腕のリーチを活かしてあっさりパンを奪い、頭ごなしに叱ると、彼女は唇を尖らせて言い訳を紡いだ。
「わたしだって、本当は焼いて食べようと思ってて! だけど、うっかり忘れちゃっただけで!」
それを馬鹿だと言うのだ。
そもそも、焼けば大丈夫という考え自体がおかしい。
「もう食べないから返してください。」
「返すわけねェだろ、没収だ。」
「えぇー!」
当然の措置である。
食べないと言いながら隠れて食べるに決まっているし、もしかしたら、こんな愚行を日常茶飯事に行っている気がして、軽く頭痛を覚えた。
「今すぐお前の生活を見直してやりてェ。」
「出た、世話焼き魔人!」
「なんだと? 誰が魔人だ。」
しかし、世話焼きの部分は否定できず、ムギの額を小突いて没収したパンを鞄に仕舞う。
「横暴だ……。」
奪われたパンに未練がましい視線を送っていたムギには、ショックの色はあれど嫌悪や拒否の感情は見受けられない。
それは、ローがムギにキスをした時も同じだった。
ローはモテるがゆえに、誰かに片想いをしたことがない。
したがって誰かに好きになってもらう努力もしたことがないから、初歩的な部分に気がつかないでいた。
例えば、無理やりにキスをされたムギがローを今も拒否しない理由。
普通の女子は、好きでもない男にキスをされたら怒り、話すことはおろか、こうして隣に立つだけでも嫌悪するだろう。
二度目のキスをした翌日、ムギはローに憤慨していたが、それでも一緒に通学するのを許した。
そんな甘っちょろい拒絶は、世間一般的に嫌悪とは呼べない。
ムギがローを嫌悪しないのは、そういう感情を抱いていないから。
そういう感情を抱かないのは、最も単純な理由があるから。
ローはムギが拒否しない理由を、彼女が優しく甘いからだと判断しているが、真実は違う。
簡単すぎる答えに気がつくのは、果たしてどちらが先なのだろうか。