第7章 トラ男とパン女の攻防戦
ムギは己の神経を図太いと思っているけれど、ローの神経も負けじと図太い。
だって、昨夜あんなことをしたくせに、彼はいたって普通の顔をしてムギを待っているのだ。
「行くぞ。」
さも当然とばかりに駅への道を促され、ムギの胃はきりきりと痛み始める。
「……あの、気まずいとか思ったりしないんですか?」
「あ? 思うわけねェだろ。」
そこは思えよ……と心の中で突っ込むムギもまた、開き直っていた。
昨日のアレコレを思い出すと気まずいし恥ずかしく感じるが、ローを相手に過剰反応をするのは無駄に神経をすり減らすだけだと学習したのだ。
どんなにムギが意識して慌てようとも、ローは一切の手加減をしてくれない。
ひとりだけ動揺するのも悔しいから、なるべく平静を保っていようと意地を張る。
しかし意地を張った結果、ローと仲良く通学する羽目になるのだから、ムギはやはり頭が足りない。
駅までの道すがら、隣を歩くローを盗み見る。
見上げなければ表情が窺えないほど背が高く、眩いほど顔がいい彼は、ムギの彼氏に本当にふさわしくない。
もし……、もしムギがローと付き合ったら、どうなってしまうのだろう。
優しく頼りがいがあって、世話焼きな彼と付き合ったら、どんな生活が待っているのだろう。
想像しかけて我に返り、柔らかな髪が乱れるのも構わず首を左右に振った。
(なに考えてんの、わたし。付き合うつもりなんかないのに妄想するなんて恥ずかしすぎるでしょ。)
自分の愚かな妄想に頬が赤くなり、誤魔化すように手のひらでごしごし擦った。
これは別に、ムギがローと付き合いたくて妄想したわけじゃない。
だけど、こんな自分勝手で恥ずかしい妄想をしてしまったなんて、ローにだけは知られたくなかった。
いつも驚くほど心を見透かしてくるローに悟られないよう、ムギはそっと半歩だけ彼から距離を取った。