第7章 トラ男とパン女の攻防戦
コーヒーの他に卵サンドをひとつ購入したローは、そのままイートインコーナーへ向かう。
いつものように本を開き、コーヒーを啜り、そして卵サンドを一口……。
(うわ、不味そうな顔。)
つい様子を観察していたムギは、彼の顰めっ面に苦笑する。
いつだったか、ローはパンが嫌いな理由を「スポンジを食べているようだ」と明かしたが、いかにもスポンジを噛みしめているような顔である。
むぐむぐと咀嚼し、コーヒーで喉の奥に流し込む。
とてもじゃないが、パンを食べているとは思えない。
不味いと思っているのが手に取るようにわかってしまい、困惑した。
パンが食べられない人とは付き合えない……というのは、咄嗟についた嘘である。
もちろん、食の好みが合うに越したことはないが、パンが食べられないからといって、その人の想いを否定する理由にはならず、結局のところ、ムギはローから逃げたのだ。
真剣な告白を嘘で誤魔化した罪悪感がひしひしと蝕み、心が重たくなっていく。
(わたしみたいなヒドイ女、構わなければいいのに。)
あんなふうに無理をしてパンを食べる価値など、ムギにありはしない。
ローにはもっと、綺麗で優しく、思いやりがある女性がふさわしく、そんな人を探すのは難しくないはずだ。
(友達として仲良くできれば、わたしはそれでいい。)
彼の隣に自分ではない女性が立つ姿を想像し、手元が狂った。
「あ……ッ」
補充していたあんパンがトングから滑り落ちて、床の上をころころ転がる。
やってしまった。
どんなに美味しく素晴らしいパンも、落ちてしまっては商品にならず、ゼフたちの努力を無駄にしてしまう。
(あとで買い取ろう。)
トースターで表面を焼けば大丈夫という独自の理論を展開し、転がったあんパンを袋に入れる。
普段は絶対にしないミスをしてしまったのは、ローが無理してパンを食べるから。
その様子に注意を引かれてしまったから。
ただ、それだけだ。